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    2019年06月


    2012年に第2次安倍政権が誕生してから行われた、四度の国政選挙ではいずれも自民党公明党が圧勝した。この間には反対の声も大きかった「特定秘密保護法」や「共謀罪法」などの法律も成立しているが、それに国会で対抗するには野党の数が全く足りなかった。

    「正しい意見」を主張し、賛同する人が一定数存在するのにもかかわらず、なぜ“リベラル”勢力は選挙に勝つことができないのか。5月に上梓した『なぜリベラルは敗け続けるのか』(集英社インターナショナル)が反響を呼んでいる、専修大学法学部教授の岡田憲治氏は「リベラルは『政治』をしていないから」だと話す。

    これまでリベラルが繰り返してきた失敗とは何か、そして次の参議院選挙に向けて今リベラルがすべきことは何か、岡田氏に聞いた。【取材:島村優】

    なぜ「正しい」リベラルはひたすら負けるのか

    —『なぜリベラルは敗け続けるのか』は政治学者である岡田さんが、自身の経験を踏まえ、リベラル自民党に連敗し続けるのはなぜかを論じ、どのようにすれば「ちゃんと政治をすることになるか」を綴っています。

    岡田さんの言う「リベラル」とは、どのような人たちを指しているのでしょうか?

    簡単に言えば、国家や共同体よりも「個人」に重きを置き、それゆえ人間の「多様性」を大切にして、そうなると新しい価値観に寛容となるけれど、その一方で原則的には脆弱な個の人生をギリギリ守るためには国家は、とりわけ経済的に適切な介入をして「ルールなき横暴な資本主義を修正する」ことを良しとする。こういう考え方にシンパサイズされる人ですね。ウヨウヨなさっている方々は、リベラルのことを「非寛容」と言うけれど、それはものを言うときの態度の話であって、主張の内容は全くもってそうじゃないんですね。

    弱い立場の個人が「もう何をやってもムダなんだ!」という諦めに陥らずに生きていける社会を維持していこう、つまり「セカンドチャンスを準備しておこう」という考え方がリベラルです。こういう考え方を持っている人たちには、いわゆる「反安倍」的な人が多いけど、僕の考えるリベラルには自民党の中で安倍さんと距離を取っている人も当然含まれます。田舎で金に困っている人たちが「生活のレベル自己責任で」なんて言われて自民党に投票しますか?リベラルな政策が必要な人がたくさん自民党公明党の支持者にはいます。

    リベラルを一応そのように定義しておいて、なぜ「個を重んじる」とか「平和を希求する」とか、最近だったら同性婚でもいいけど、そういう価値観を持っている人たちの陣営が、場面が選挙となった時に、下手なやり方でひたすら負け続けるのはなぜなのか?そういう、多くの人たちがモヤモヤしてきたことに言葉を提供したのがこの本なんです。正しいことを言っているはずなのに、なぜ毎回負けるのか?それは「俺たちのサッカー」を続けているのに、試合で負け続けている状態にも似ていると。南米相手でも、中東相手でも、みんな同じ戦い方して、サッカーはしているけど「試合」をちゃんとしていないのです。

    —この本の中で岡田さんは、リベラルを指す時に「私たち」「我々」と書いています。

    僕自身は、今説明したような立場を標榜する人を応援していて、実際に区議会議員選ではドブ板的な選挙で応援をしています。この本では「なんでリベラルはこんなことができない?」「選挙に勝ちたくないのか?勝ちたいならやれよ」って色々なことを言っているけど、スタートにあるのは、これまでの来し方を振り返って、「ああ、俺ダメだったなぁ」って、自分で失敗を繰り返してきたっていう話をしているんです。それを深く掘り下げれば、色々な風景が見えてくるから。

    本の中でも「政治とは友だちを増やす」ことだと書いたけど、自分の経験としても、あることに関して間違ったことを言ってないつもりでも、「そうだよな」って賛同してくれる仲間が増えないことがある。でも、それにはちゃんと理由があるんですよ。実はけっこう簡単なことで。問題の一つは、正しいことを正しいまま言えば、それが相手に伝わるわけじゃない、ということ。「正しいことは必ず伝わる!」って、それでは政治をしていることにならない。でも、そういう政治家がいっぱいいる。特に野党系に。

    自分の思いや正しいという確信を純化させて、その確信を強めていくことが政治だと思っている。正しいことをやり続ければ、雨の水が必ず岩に穴を開ける、と信じているんだな。それは思想ならいいんだよ。ビリーフ、つまり信念ね。大事なのはそれをポリティクス(政治)という「行動」にコンバートすることでしょ?それが政治なわけですよ。でも多くのリベラル系の人がその考えを共有していない。真面目だし、考えていることは正しいのに。

    参院選の争点は「ゼニカネ」以外ない

    —正しいことだけをやっているだけでは選挙には勝てない、と。

    枝野さんは今度の参議院選の争点は、パリテ(※)だとか脱原発だと言ってる。パリテも脱原発も正しいよ。僕も区議会選挙の時にパリテを念頭に女性候補を応援したし、子どもの学校でPTA会長をやっているから、どれだけ女性の能力が高くて、それが社会の中にもったいなくも眠っているのかは知っている。女性の有能さに関しては確信のレベルでそう思っていますって。だけど、今度の参議院選で「それを言って勝てるかどうか」という問題は全く別だって、あっちこっちで言いまくってる(笑)。「パリテじゃまた負けるぞ!」って。

    ※選挙の候補者を男女同数にすると定めたフランスの法律の通称

    次の選挙は衆参W選になるにしても参議院選挙だけでも、定数6の東京のような選挙区では、多くの人は有名候補が落選するかどうか、くらいしか興味を持たれていない。それよりも問題は32ある地方の1人区です。25勝7敗くらいで野党が勝たないと、安倍政権のやりたい放題を止めることができずに日本の民主主義は終わりに近づくでしょう。自分たちで金融庁に要求した「老後の生活に2000万円足りない」っていう答申が気に入らないからって、「そんなものはもうない。だから予算委員会で議論する根拠もない」と、完全にジョージ・オーウェル1984年』の世界ですよ。あるものも「ないとする(いずれ閣議決定するかもしれない)」なんて、ソ連時代の全体主義のようです。SFの世界に突入ですよ。


    —こうした事態を前に、本当の勝負の焦点となるところは、どんなところなんですか?

    最初にリベラルとは、という話をしたけれど、安倍さんのやっていることは全部その逆でしょう。心の中では「それはいかがなものか」と思っている人は、自民党の中にもいっぱいいるわけですよ。だけど、そこで安倍さんを引きずり下ろすとまた野党になるという恐怖があるから、みんな忖度して黙っている。ゼニも公認も全部官邸に握られているから、社畜ならぬ「党畜」状態です。

    「そのうち辞めるんだから、辞めた後で立て直せばいいじゃん」と多くの自民議員は思っているのかもしれない。でも永久総裁の道が着々と開かれんとしているわけ。それに力を与えるのは選挙でしょう。このまま野党がまた下手な喧嘩して、「負けて上等」みたいな馬鹿をやっていると、そのうち選挙自体がなくなるかもしれないですよ。そんなことあるわけない、って思うかもしれないけど、そんなことあるわけないみたいなことが安倍政権の間に連続して起こっているでしょ?こう言う状況を前にして、いつまでも「俺たちのサッカーを貫くって言うかぁ」なんて純粋無垢でいいのか、と。自公に投票している人より野党にした人の方が多いのに(2017年10月衆院選)!

    話を戻すけど、1人区の選挙区では支持政党がない人たちのうち7〜8%が投票行動を変えるだけで、状況は一変するんです。“Winner takes all”、つまり「勝者独占システム」である定数1の選挙区で、1票でも多く獲ればそこを取ることができるわけだから。民主党政権ができた時も、そうやって山崩れが生じたんですよ。

    —この重要な1人区で25勝7敗ぐらいになる戦略で選挙戦を戦う必要があると。

    そうですよ。ところがその時に「パリテ」って言って、誰に届くの?パリテを支持する人は初めから立憲民主党を応援しているから、そんなことは言わなくていいんだよ。そうではなく、やることは「選挙のことはよくわからない」「ほとんど選挙って行かないし」っていう、「浮遊しつつも潜在的に支持者にさせる可能性のある有権者」、推定1000万人くらいが「野党頑張ってるから、1票入れよう」となるような運動をしなければいけないんだよ。残りの1か月は、それだけをやらないと。オーバーオールな(総対的な)支持を構築するんじゃないの。移動するだけで選挙結果をひっくり返しちゃう人たちのハートに届く、「あ、これは俺の話をしてんだな」って思える、彼らの不安に寄り添う言葉を使わなきゃダメなんですよ。

    そのために、彼らのハートを一番掴むものは何かと言ったら、パリテでも憲法改正でも原発でもないんだよ。それは何だか、もうわかるでしょ?


    —『リベ敗け』でも何度も出てきますが、お金ですね。

    そう、ゼニカネなんだよ。なんでそんなことが分からないのか。憲法も大事、原発も大事、民主主義も大事、間違ってないよ。でも、それはお腹がいっぱいになってから考えることなの。とりあえず、今回は「安倍さんダメっしょ?でも立憲もねぇ…。どうしようかな、棄権じゃね?」って迷っている人を10%友達にする選挙なの。正しいメッセージではなく、迷ってる10%に届く言葉を考えないとダメなんだよ。それが大人の喧嘩をするってことでしょ?

    「負けることの危機感」を持つ自民党は強い

    リベラル勢力は協力すれば勝てる選挙でも、それができず結果的に敗けるというケースが頻繁に起こります。

    このゲームルールでやる以上、リベラル系、野党系が分裂したら自公に全敗でしょ?そんな簡単なことが分からないはずはない。簡単なことなんだからやればいい、でもそれができない理由は色々とある。政党の幹部の面子が邪魔したり、党内ポリティクスの影響だったり。たくさんの要因があるんだけど、共通しているのは野党のリーダーたちに「こんなことをやってる場合じゃないよな」っていう危機感がまだどこか足りないことだと思いますよ。

    例えば、野党統一候補を応援する時に、「今回は違います!野党は一つになったんです!」と示したければ党首クラスが目の前で揃わないといけない。でも、1人が参加できずにその党は幹事長が来るとなると「なんであっちは幹事長なのに、うちの党は俺が行かないといけないんだよ」という奴が出てくる。すると、別の党首も行かなくていいや、とビッグネームが集まらなくなって、「野党統一、大丈夫?」という空気になるんだよ。

    自民党は、そういうバカみたいな面子で仕事をサボタージュするようなことは絶対にしない。一旦決めたらどんな嫌いな奴の応援でも必ず行く。それは選挙の厳しさを知っていて、負けたら何の意味もないんだ、ということが体に染み付いているからですよ。それと比べると野党は負けても「精一杯やって、爽やかな負けだった」と満足していいんだ、と思っているところがある。「それは違う、負けたらなんの意味もないんだよ」という危機感を持って選挙に臨んでいる人間の数は、圧倒的に自民党が多いでしょう。

    —危機感があるから自民党は強い、と。

    野党の側で、そういうことに対して「それじゃダメなんだ!」って言い続けていたのは小沢一郎議員だと思う。でも民主党は彼を排除したでしょ。その後の民主党民進党立憲民主党の選挙、折にふれ観察してきたけど、ろくな選挙していないよ。風頼みばっかり。じゃあ、なんでそういう連中が政党の幹部にいて引きずり下ろされないかと言えば、支持する側が同じように清潔で「おい、書生みたいなキレイごと言ってないでちゃんと政治やれよ!」というプレッシャーが有効にかからないからなんだろうと思う。


    希望の党自民党に恐怖を与えた

    リベラルの側にも、そういう意識を持っている政治家もいるけど、「正しいことを主張して、わかってくれる人がいたらそれでいい。わからないやつに自分の筋を曲げてまでわからせる必要はない」って思ってる人間がいるのも事実です。そこまでして勝ちたくない、って言うのならそんな政治家は退場すべきだよ。こっちは、何が何でも勝ちたいんだ、って人間を応援したいんだ。自民党は汗かいてやってるじゃないか。

    これは区議選レベルの話だけど、知り合いの自民党区議が「ピンチだ、ピンチだ」って言って、蓋を開けてみたら1500票も増やしてた。じゃあ、なんで彼はそんなに選挙に強いのかと言えば、簡単なこと。どこに行っても地域で汗まみれになって、交通整理をやったり、お祭りの準備をしたり、地域のイベントの実行委員会をやったりしてるからですよ。どこ行ってもそういうのは自民党の議員なんだな。それこそが政治家だと言っているんじゃないんだよ。そういう姿が人々の記憶に残っていて「本気なんだな」という基本トーンを作ってる、そういうことをもっと考えろということなんです。

    そこには野党の議員は誰も来ない。それは、祭りに参加しようと思っても町会のおじいさんに「祭りは自民のものなんだから、立憲民主党は来るなよ」って言われることもあるよ。でも怒られても行くんだよ。「ビールだけ注がせてください!」って入っていって、「党派違いますけど、町を思う気持ちは同じです」って伝えてこないと。それを何遍も繰り返せば人のハートは動く。自民はそこまでやるよ。だから、「できないってことは、そこまでして勝ちたくないんだな」って思われても仕方ないんだということです。

    —逆に言うと、自民党は党内に幅広い立場がありますが、「選挙に負けたくない」という点で一致して協力することができるんですね。

    “安倍チルドレン”と呼ばれる人たちと、伝統的宏池会系って、政治的姿勢は全く違うでしょう。別の生き物と言ってもいいですよ。だけど、文句があっても、一旦決まったら協力する。それがチームでしょう。それをやらないで政治権力を失ったら野党になる、っていう危機感がある。

    だって、小池(百合子)さんが希望の党を旗揚げして「全選挙区に候補者を立てる」って言った時、自民党本部はお通夜みたいだったって言われてるんだから。150議席失うっていう計算もあって「また野党か…」とガッカリした議員も多かった。でも、小池さんは自分がやらないといけなかった、山口4区に立候補する、「どんな人も排除しない」って言う、っていう2つのことの真逆を選んでしまった。だから逆風が吹いて、自民党が圧勝した。でも、そういう状況を起こすことは可能なわけだよ。鳩山由紀夫さんから100億円借りるぐらいのことやってみろよ、とかね。お行儀悪いけど(笑)


    100億円?

    1人2億円渡して自民党リベラル系50人に声をかけてくればいいよ。「選挙の心配はするな、お前の選挙区には野党の候補を立てない、必ず当選させてやる、その代わり自民の党籍を抜けて、新しくできる連立内閣に参加してくれ」って。そういうことだって考えられるでしょ?

    —本当にそんなことが可能なのか、と思ってしまいます。

    でしょ?でも議員が常に心配しているのは、「ポストもらえるのかな?このままで?」と「金足りるかなぁ?」だから、考えてみる価値はあるんだよ(もちろん法の範囲内で)。このまま「パリテです」「原発です」って言い続けるだけで、選対もバラバラに勝手にやってるだけだと、前回と同様32の1人区で10勝22敗だよ。負け。この危機的状況でも、また頓珍漢をやるってのか?「ああ!」って、リベラル系の人たちのハートがポキンと折れる。もう俺カナダ人になるわって(笑)

    憲法論議は野党分裂を目論む側が仕掛けた罠

    —そういうウルトラCも頭に入れつつ、リベラル勢力が参院選で勝つために必要なことはなんだと思いますか?

    ゼニカネの話だけしろ、それ以外は話すな、これですよ。この先の暮らしに希望が持てない28歳の気持ちを想像しろよって思います。もう未来はないと思ってる彼ら彼女らが、わざわざ投票所に行って、人や政党の名前を書くためにはどうしたら良いのか。「ひと筋の希望があるかもしれない」と思わせられないと投票には行かないよ。山本太郎は「本物の好景気ってもんをみせてやる!」って言ってる。「えっ?」って腰を浮かす、そういうことなんじゃないの?

    何がそう思わせられるかと言えば、男女平等でも原発でも憲法でもないよ。カネ、暮らしだよ。それで生活を立て直して、ひと息ついて「頑張ればなんとかなるかもしれない」って思った時に、「原発とか憲法についてもうちょっと考えたほうがいいかもな」ってなる。そういう問題は、ある程度の余裕がないと考えられない。安保法制のデモで国会前に行く人は、カネの心配はあまりしてないかもしれないんだよ。貧困の中で昼も夜も仕事をしている人からしたら、憲法よりも自分の生活が大切だとなる。だから中間層が痩せちゃダメなんですよ。民主主義っていうのは。

    —ただ、リベラルは選挙戦で憲法を争点にすることも多いように見受けられます。

    当然、自民の側は罠を仕掛けてくるよ。「次の選挙は改憲がテーマである」、って言う(もちろんこれは「党内での安倍さんの闘争」という面もある)。でも、憲法を争点に選挙をやったら野党が負けるのは明らかです。そもそも改憲をめぐる論理がねじれているんだから。言うまでもなく、安倍改憲っていうのは史上例のないひどい改憲論であって、憲法の法理を破壊するもので、もしあんなことをやったら世界中から不可解な国だと思われるよ。

    でも、選挙で9条の条文死守系の人たちの協力を受けられなくなるって、枝野さんは怯えてるから、国際人道法、あるいは国際法に適った内容で、国際社会に信頼される「立憲的」改憲を掲げて自民党にぶつけに行くこともできないわけですよ。しかし本当は、自衛隊をきちんと軍事組織としてコントロールする体制を作るために、憲法の中に「force」と位置付ける必要がある(国際社会は自衛隊のことを“force”としてしか受け止めていないんだから)、そのためには憲法を改正して、憲法の持つ規範力を強める必要がある、という筋でデタラメな安倍改憲にぶつければ、賢明なる右派の中にも賛同する人が出てくるかもしれない。護憲派の人に添った言い方をすれば、9条が「あったのに」もう集団自衛権もオーケーになっちゃったくらい規範力が衰退してるもの。

    でも、それをやると共産党が選挙で動いてくれないからできないんだよ。共産党共産党で拳を振り上げて、憲法9条原理主義になってしまったからです。70年代共産党は武装独立自衛主義でしたよ。60歳以上の人は覚えているはずです。だから、憲法を争点にすると、「安倍改憲に反対!」としか言えなくなって、「なぁんだやっぱり展望を示さないんだね。安倍さんは前進しようとしてるのに」って言われて終わり。だから、安倍改憲案は罠としてはたらく。でもね、そもそも、国民投票法が改正されてないのに、改憲の投票なんて当分できないんだから。少し冷静に状況を考えたいわけです。


    —憲法を争点にすることで、選挙のために協力することができなくなる。

    だから、憲法については改めて議論をする必要があるけど、「とりあえず安倍改憲を阻止するという点で一致しましょう」って言えば共産党だって乗りやすいでしょ。そういう本筋はちゃんと認めて、公約に書く。基本方針として。「もちろん憲法は大事だし、立憲主義は守らないといけない。これからしっかりと議論していこう」と。そして「脱原発を具体的にどう着地させるか、については与野党協力してやっていくしかない」と握っておいて、コントラスト出す争点なんかにしないで、「党派を超えて協力すればいいのです!」と、抱きしめる。それで誰も反対できんでしょ?しょせんは「理想社会像」じゃなくて、「あと数年の間にできる工程」に過ぎないんだから。公約なんて。

    その上で、「国民最大の関心はやせ細った生活です!」「私たちが政権に加わったら、3年後、5年後に希望を持ってもらうために若年層と高齢者に、生活基盤を支える直接給付をします!」、「消費税の1%分は、国債の償還なんかに使わないで高等教育の無償化に使います!」って言えばいいんだよ。全員で声をそろえてね。1%で2.8兆円ですよ?余裕でできますよ。

    民主党はダメだった」という無責任さ

    今の社会は余裕がないですよね。若い人は「すぐに結果を出せ」、「自己責任だ」、何かと言えば賃金カットの話ばっかり。そういう人たちがどういう気持ちで暮らしているかを考えないといけないでしょ。若い人は、年上世代に対して「あんたたちはそうやって生きてきたけど、甘やかされてきたじゃん。なんで俺たちばっかり頑張れって言うんだよ」って思ってる。だから、彼らがひと息つけるような、未来は何とかなるかもしれないと思える政策を打ち出すべきなの。税制優遇するとか、職業訓練のお金を出すとか、大学に通い直すために条件の良い奨学金を作るでも、学費免除でもいいよ。

    —そういった公約を掲げても「本当にできるのか?」「民主党政権は何もできなかったじゃないか」というムードが生まれることが多いように感じます。

    そうだよ、でも誰にもできなかったでしょ?自民党だって半世紀かけてもできてない。「教育と住宅は自助努力でやってね。減税はするから」って、それしかやってこなかったんですよ。自民党だって。そして小泉さんが急に「市場中心の規制緩和!」ってぶっ壊した。こういう文脈を無視して、民主党政権を批判したって意味がないの。


    そこに関してはメディアにも大きな責任があって、民主党を叩く筋を間違えたんだと思う。その意味では、マス・メディア子ども同然だったの。民主党が3年3ヶ月でできなかったことは、自民党が50年かけてできなかったことだよ。当時について「民主党がダメだった」って、必ず上の句のように言う人に、「何がダメだったか具体的に指摘してみてよ」って聞いて、ちゃんと上げられた人間はただの1人もいなかったよ。1人も。

    もちろん政治学者は指摘していたよ。我々は民主党の良かったところとダメだったところを五つずつ言えるよ。でも、大手新聞社の記者に聞いても「政権担当能力がない」っていう古い文法でおきまりのことを言うくらいで、政権担当能力とは何かについて、具体的に分節化して答えられる人は1人もいなかった。一般のおじさんが「民主党が…」って言うのはいいんですよ。それは床屋政談て言って、そこに庶民の独特の視点が入ってたりするからね。でも、いい学校出て、高い給料もらっている言論人、メディアエリート君たちが、深く考えずに「民主党政権はダメでしたけど」って言うのは全くもって恥ずかしいことです。その「そういうことでしょ?」感が、どれだけの経験と教訓をドブに捨ててきたのか。そのため政治の話はまたぞろ「ゼロベース」から始めなきゃならんわけよ。壮大な犠牲を生んだのに。

    安倍政権は、じゃあできたのか?アベノミクスの結果はどうなった?データを改ざんして、まともなデータを出さないで検証しようがないだろう、そのことには突っ込まないのかしら?官邸記者会見でレッツノート黙って叩いてる大新聞のエリート君たちは。この次に政権交代があった時に、また言うのかしら?「安倍政権最悪だったじゃないですかぁ」とか。学習ゼロ。政治、政治家を育てるとか、一緒に成熟していくという発想が貧困だったのが、戦後民主主義の弱点です。

    社会を良くするために協力したい

    —『なぜリベラルは敗け続けるのか』を読み、じっくりとお話をお聞きすることで岡田さんの考えがより理解できたように思います。政治学者でありつつ、自身も「政治をする」ということについては、どのように考えていますか?

    僕は政治学を学ぶ人間として、一つのことしか考えていない。それは「政治とは何か」ということです。それだけを考え続けてきたし、これからも同じです。僕の役割はそれでいいと考えます。政治には様々な側面がある、その中で、弱い人間が協力し合いながら、なんとかギリギリでも自由に物が言えて、自分たちの失敗を記録して、そこから少しでもマシな社会をつくらないといけない。そういう社会を守らなければならないんです。だから、そのための社会的技法のことを「政治」と考えている。

    だからこの本に書いてあることは、学問的に政治とは何かを考えることと連続していて、学問をすることと社会を守ることは地続きだと思っていますよ。プラトンアリストテレスの時代から先人の偉大な政治学者たちが問い続けていることを、その宿題を受け取って、かれこれ30年以上も同じことを考え続けている。マキャベッリ、マルクス、ラスウェル、ダール、アレント・・・。そうした先人たちとの対話という知的作業と、こういう本を書いたり、ドブ板選挙で誰かを応援したりすることは、僕の中ではそれほど異なったことではないんです。僕たちの政治は、果たして「進歩して成熟するのだろうか?」って。


    —この本はどんな人に読んでほしいですか?

    リベラルの側にいる人はもちろんそうなんだけど、立場が違う(と思い込んでいる)人にも読んでもらえたら、その人たちの力を引き出せると思いますよ。実際に、そうやって間違えて買った人もいるみたいで(「リベサヨ叩きによくね?この本?」とか思って読んだら「チゲェじゃん」とか)、でも読み終わった時に少しでも「でも俺たちもそういうことはあるよな。虚しいバッシングばっかり言っても仕方ないよな」と思ってほしい。それぞれの立場で、本当に守りたいものは何か、ということを考えてほしいですよ。本当に守りたいものが、さほど水と油であるはずがないんだもの。喧嘩する相手を間違えちゃいけないよね。

    勘違いして欲しくないのは、僕は誰かを敵視しているわけではないということです(人種差別主義者は別です!)。そうではなく、この社会には力があって、協力する知恵もある。だから協力しようと言っているだけなんだよ。そのためには、人の心を溶かすようなことをやらないとダメだし、それは何よりもこの自分がずっと失敗してきたことだったから。あー!ダメダメだったなぁと。

    この本の内容に絡めたツイートTogetterでまとめられた時に、この本を1行も読まない“ネトウヨ”的な人たちが猛烈に批判してきた。それでもいい。関心を持ってほしい。僕は「お前はそもそも誰なんだよ?」っていう「匿名の安全地帯」から偉そうなことを言っても、人は耳を傾けてくれないと思って、恥ずかしいけど自分の滑った転んだを書いたんですよ。ここに書いてあるのは、かつて僕自身が全てやっていたことなんだよって。

    —何度も、「ここに書いてあるのは自分のこと」と繰り返しているのには、そういう思いがあったと。

    そう。最初にも言ったけどスタートは「俺がダメだった」っていう話なんですよ。この本に対するネットコメント欄がどれだけひどくても、「その通りだよな」って思ってくれる人もいる。僕のメッセージを受け止めてくれた人が、少しはいるかもしれない。だから僕は、この社会に対する希望を失っていませんよ。もし完全に失ってたら、悪いことして金集めてフロリダの別荘で寝て暮らしますよ(笑)

    『なぜリベラルは敗け続けるのか』注文ページ(集英社)

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    (出典 news.nicovideo.jp)


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    居酒屋などで、気持ちが悪くなっても、トイレに駆け込まず、その場で嘔吐してしまう人がいる。若者たちの間のスラングでは、「場ゲロ」と言うらしい。

    たとえば、居酒屋の座席で場ゲロがあった場合、周囲の客に迷惑がひろがる。学生街のある居酒屋では、場ゲロの「罰金」として1万円(自分たちで掃除した場合、罰金は5千円に下がる)を設定して、マナー向上を呼びかけている。

    一番迷惑なのは、まちがいなく店なのだから、「罰金」も仕方がないと思える。それにしても、1万円は高くないだろうか。法的には、どれくらいの金額が妥当といえるだろうか。寺林智栄弁護士に聞いた。

    「一概に高いとは言えない」

    「わざと、あるいは注意不足で、他人の権利を侵害してしまった場合、それによって生じた損害を賠償する責任が生じます。そうした行為を『不法行為』といいます。今回のような場ゲロは、不法行為に基づく損害賠償の問題になるかと思います。

    損害には、人件費や清掃費用、使えなくなってしまった備品の交換費用などが含まれるでしょう。どれくらいの費用がかかるかは、店にもよると思います。一概に、1万円が高いとまでは言えないのではないでしょうか」

    たとえば畳部屋の場ゲロで、10万円を請求されたというケースもあるそうだ。

    「畳は、吐しゃ物が目詰まりしてしまうので、畳自体を交換せざるをえないこともあるでしょう。これもいくらの費用が実際にかかるかは、店によると思いますので、10万円という金額が一律に高い低いとは言えません。ただ、畳代や交換の際の人件費などを考えると、ある程度高額にならざるをえないのではないかと思います」

    「店側は根拠ある金額を請求すべき」

    それでは「罰金」は仕方ないのか。

    「店側が、場ゲロした人にお金を請求したいというのはわかりますが、居酒屋トイレは客数のわりに個数が少なく、1カ所しかない場合も多いです。トイレまで吐くのを待てなかった場合、すべて客の責任とまでは言えないのではないでしょうか。なので、一律に費用請求する店があるとしたら、非常に疑問に思います。

    また、費用を請求する場合は、制裁としての意味がある『罰金』という用語を使うのではなく、明細を示したうえで、根拠ある金額を請求すべきでしょう。

    そうでなければ、その店の悪評が高まり、逆に集客に影響するのではないかと思います」

    【取材協力弁護士
    寺林 智栄(てらばやしともえ弁護士
    2007年弁護士登録。東京弁護士会所属。法テラス愛知法律事務所、法テラス東京法律事務所、琥珀法律事務所東京都渋谷区恵比寿)を経て、2014年10月開業。2018年11月から弁護士法人北千住パブリック法律事務所東京都足立区千住)。刑事事件、離婚事件、不当請求事件などを得意としています。
    事務所名:北千住パブリック法律事務所
    事務所URLhttp://www.kp-law.jp/

    居酒屋で気持ち悪くなって「場ゲロ」、罰金1万円はちょっと高すぎないか?


    (出典 news.nicovideo.jp)


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     「わけあってこちら側で止まっています」と記されたマークが、Twitterで話題を呼んでいます。これはエスカレーターで、身に着けた人が「けがや病気が理由で左右いずれかに寄って立ち止まっている」と意思表示するためのもの。マタニティマークヘルプマークとあわせて、さまざまな事情を抱える人に配慮できるよう覚えておきたいところです。

    【その他の画像】マナーアップ推進委員会の活動

     エスカレーターは本来歩いたり走ったりせず、乗ったら立ち止まったまま進むもの。しかし、急いで進みたい人のために、左側か右側のどちらかを空ける習慣が根付いている地域も多いものです。

     けがや病気を抱えていると、習慣通りどちらかに寄って立つのは難しいケースもあるでしょう。そんなとき、後ろの人が急ごうとしていると、プレッシャーになるかもしれません。そんな人も、このマークを身に着けていれば、周囲に理解を求められるわけです。

     マークを紹介したツイートは広く拡散され、「初めて知った」「そもそもエスカレーターで歩いてはダメという前提を広めよう」「こんなマークが必要となる世の中にモヤモヤする」など、さまざまな反響を呼びました。

     このマークを考案した、東京都理学療法士協会エスカレーターマナーアップ推進委員会に話を聞きました。その活動は障害者を支援する活動のなかで派生し、2016年秋ごろから始動。大勢が訪れる東京オリンピックまでに「エスカレーターで歩く人ゼロ」を目指しているそうです。

     活動の過程で、「困っている当事者が着用するだけではなく、健常者が思いやりを持って活動に参加できるようなツールはないか」との考えから作られたのがこのマーク。「正しいルールを守りたい、困っている人を支援したい、でも右側で止まったら後ろの人に舌打ちされたり距離を詰められたりするプレッシャーが怖い」――そういった方の気持ちを後押しし勇気づけられるツールとなってほしいと、同団体の担当者は語りました。

     2018年の6月にシンポジウムで配布して以来、マークは無料で提供中。Googleフォーム経由で配布を申し込めます。

     脳卒中や指定難病の人、視覚障害者や骨折などを抱える人、その家族や友人、支援団体など、全国から希望があり、2000個以上を配布したとのこと。利用者からは「着用することで、勇気を持ってエスカレーターに乗ることができました」「正しいルールとして広げていきたい」など、前向きな意見が多数寄せられているそうです。

    エスカレーターで見かけたら気配りを(画像提供:エスカレーターマナーアップ推進委員会)


    (出典 news.nicovideo.jp)


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    リュウタ / PIXTA(ピクスタ)

    ◆なくならない「組体操」や「ブラック校則」
     人を米俵のように積み上げることが、先生たちには快感なのだろうか――。

     運動会の組み体操のことである。学校側は、「教育的意義がある」「一体感を得ることができる」「伝統だから」などと説明するが、子どもの命をかけてまでやることではないだろう。

     そもそも、学校には安全配慮義務がある。組み体操に保護者が期待する声があるというが、実施を決定しているのは学校だ。過去に死亡事故や後遺障害を負った例があり、専門家からも危険だと指摘されているのに、学習指導要領にもない演技を続けているのは不適切だといえる。SNS上では、組み体操と特定の宗教との関わりも指摘されている。個人の尊厳を奪う憲法違反でもあると思う。それとも、学校は「特別」だから、「命より伝統が大事だ」と言い逃れできるというのだろうか。

     学校は長く、「治外法権」だと言われてきた。人権を侵害するような校則も目立つ。

     制服のスカート丈の長さ、下着や靴下の色、ブラジャーの形、髪の長さや色、髪留めのゴムの色や留める位置、校章のワッペンを縫い付ける糸の色、鉛筆の本数、教室で発表する時のいすの引き方……など、統制はありとあらゆる場面に及んでいる。

    「社会に出てからの決まりを守る練習」という説明も聞くが、下着の色まで決まっている会社があるのだろうか。

     しかも、こうした細かな校則は、親世代が現役の中高生だった頃よりも増えているという。なぜなのか。

    モラハラ取材で垣間見えた学校教育の「効果」
     先月、モラルハラスメント(精神的DVの一種)の取材をして、その「効果」に気づいた。妻が茶わんによそったご飯の量に対して「一口多い」「二口少ない」などと文句を言い、冷蔵庫の中身など日常生活の隅々まで細かなルールを設定している夫がいた。どんな意味があるのか不思議に思い、取材先の臨床心理士に尋ねると、これは加害者に典型的な特徴なのだという。細かなルールを一つひとつ守らせることで相手を支配し、思考力を奪うことができるからだ。

     たとえば、「服装の乱れは心の乱れだから、校則で規制している」といわれる。一方、生徒の服装が乱れたとき、心の部分に着目して「何かあったの?」と尋ねるような指導がなされているとはいえないスカート丈が短かったら、生活指導担当の教員が「短すぎるぞ」と叱って正すだけで終わりになることがほとんどだろう。

     つまり、校則は「守らせること」そのものに意義が見いだされている。そう感じざるを得ない。細かな校則を一つひとつ守らせていくことで、反抗しない従順な子どもを育てようとしているのではないか。人間としてではなく、米俵として……。組み体操で培われるという「学習規律」は、号令一つで子どもたちを素早く動かすために都合がいい。

     子どもを「個」ととらえるのではなく、「集団の構成員」として扱う思想は、安倍政権の「教育再生」が向かっている社会のあり方とも合致している。

    ◆道徳教科書検定で修正された「家族」の描写
    「かぞくについておもっていること」という記述は、「だいすきなかぞくのためにがんばっていること」へ。「じぶんのことをつたえてみよう」は「ともだちともっとなかよくなろう」へ――。今年3月、小学校の道徳教科書の検定で「不適切」とされ、修正された文章の一例だ。

     2018年度から小学校で道徳が正式な教科になると決まったとき、文部科学省は「考え、議論する道徳」を掲げ、「子どもを一定の方向に導くものではない」と繰り返し説明してきた。だが、この細かい検定意見を見る限り、「おしつけ」への懸念はぬぐえない。

     学習指導要領には、「規則の尊重」「公共の精神」など学年によって19~22の道徳的価値が定められている。文科省は、これを「内容項目」と呼んでいるが、戦前の教科だった「修身」の「徳目」とほぼ変わらない。教科書検定では、この「徳目」に沿って細かい意見がつき、各教材がどの「徳目」に対応するかまで明示を求めている。

     冒頭の例「かぞくについておもっていること」では、「徳目」の「家族愛、家庭生活の充実」に書かれている「家族のために役に立つ」という部分が必要だったし、「じぶんのことをつたえてみよう」では、「友情、信頼」に対応していることをはっきり示していなかったというわけだ。

     ほかにも、「伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度」では、地域への「思い」を強調するような記述が求められた。「パン屋が和菓子屋に変わった」と話題になった前回の教科書検定よりも、細部にわたってチェックが厳しくなったように見える。

    ◆学校で拡大する「心を磨く」活動

    yukiotoko / PIXTA(ピクスタ)

     もちろん、こうした愛国心や家族愛を強調するような道徳教育の背景には、第一次安倍政権発足直後の2006年に改正された教育基本法がある。

     道徳教育は、学校教育全体を通じて行わなければならないものとされ、学校では、今、「心を磨く」活動が盛んになっている。

     筆者の子どもが通う都内の公立小学校では、職員室の近くに「あいさつ賞」を受賞した児童の写真がはってある。「あいさつって表彰するものなの?」と疑問に思い、どんな人が贈られる賞なのかを子どもに尋ねたところ、「自分から先に先生にあいさつした人」だという。「たまたま先生と目が合ってあいさつしたら、あいさつ賞なの?」。疑問がふくらんだ。

    あいさつ運動」にも力を入れている。校門前で登校する児童らに「おはようございます」を連呼する「あいさつ当番」が回ってくると、子どもは普段より早く登校しなければならない。PTAによる保護者への参加の呼びかけもある。

     あいさつは、コミュニケーションの基本だといわれる。確かに、街で会った顔見知りの保護者から、あいさつをされると気持ちがいい。ただ、あくまでコミュニケーションの一つであり、どんな人間関係であっても、おうむ返しに「言わなければならないもの」ではないはずだ。だが、学校は「豊かな心の育成」を掲げ、当たり前のように運動化している。

     友達への言葉がけについて、自分で目標を設定し、できたかどうかをチェックするワークシートが配られたこともあった。

     なぜ、学校が子どもの人間性にまで口出しするのだろう。そんな疑問をきっかけに学校を取材したところ、「心を磨く」活動は想像以上に広がっていることが分かった。

     素手でトイレ掃除をしたり、体育の授業でお辞儀を学んだり、親になる心構えを学ぶ授業があったり、弁当が神聖視されていたり……。

     こうした活動や授業を、誰がどんな目的で広めているのか。保護者や地域も巻き込んで達成されようとしている日本の教育の行方を、『掃除で心は磨けるのか いま、学校で起きている奇妙なこと』(筑摩選書)にまとめた。

    「虐待だ」と批判もされている素手でのトイレ掃除は、実際に体験させてもらった。体験しなければ、その活動が何を伝えようとしていて、なぜ教員たちが夢中になってしまうのかを知ることができないと思ったからだ。実際に体験することで、「ただの掃除」ではなく、一つひとつの行為に「教育的な」意味づけをされていることが分かった。

     埼玉県の公立中学校には、「あいさつ賞」ならぬ「輝き賞」があった。15分間黙ってひざをついて掃除をする「無言ひざつき清掃」を頑張っている生徒を表彰するものだ。自ら汚れに気づいて動き、自問自答を繰り返すことで、生徒たちの「荒れ」が収まるという効果があったとされている。こうした無言清掃は、さまざまな形で全国に浸透中だ。

     たびたび疑似科学として話題になるマナー江戸しぐさ」は、学校や自治体で利用され、新たな「○○小学校しぐさ」が生まれている。同僚の子どもが通う都心の公立小学校でも、児童による「○○しぐさ作り」が実践されたという。卒業式など儀式の際は、白シャツと濃い色のズボンを着なければならないという「○○小学校スタイル」もあるそうだ。

    ◆学校ごとの問題に矮小化してはいけない
     最近、ツイッターでも、軍隊のような集団での行進や、応援団を中心とした上級生の指導による高校の応援歌練習の動画などが「気持ち悪い」と拡散されている。

     一方で、校則や定期テストのない一部の公立学校が持ち上げられるようにもなった。ただ、いま学校で起きていることは、学校ごとの問題に矮小化してはいけないと思う。公教育全体のあり方を問わなければ、子どもや家族がつまずいたとき、「良い学校を選ばなかった個人の自己責任」にされてしまうのだから。

    ◆「なにか、おかしい」と気づいている人はきっといる
     5月18日、保護者と教員でつくる任意団体「PTA」のあり方について疑問をもつ新聞記者や保護者がつながり、都内で「PTAフォーラム」というイベントを開いた。当初の参加申し込みは数人で、実行委員も赤字を覚悟していた。だが、直前の告知だったにも関わらず、当日は全国から80人以上が参加して熱い議論が交わされた。

     参加者たちは、PTA会費から交通費などを出してもらったわけではない。九州や東北など遠方からも、自費で駆けつけた人たちだ。北海道新聞や熊本日日新聞など地方紙の記者たちも実行委員会に加わっていた。私たちは、こうした交流を通して、民主主義が地域に根付く一歩になればと期待している。

    「なにか、おかしい」と気づいている人は、きっと身近にいる。

     教員の中にも、個より集団を重んじる学校に疑問を持ちながら、多忙な日々や「聖職」という特別な意識に縛られて、身動きできなくなっている人たちがいる。

     我が子だけが選ばれた「良い教育」を受けられたとしても、集団に同調する教育を受けた人たちが大半を占める世の中になれば、誰もが生きづらい社会になってしまう。

     気づいた人と一緒に声を上げていきたい。

     拙著『掃除で心は磨けるのか――いま、学校で起きている奇妙なこと』では、学校や地域で起きていることを教育政策に照らし合わせながら俯瞰し、全体像が見えるように工夫した。教育について考える全ての人にとって、本当に今のままでいいのかを立ち止まって考えるきっかけになればと思う。

    <取材・文/杉原里美 Twitter ID @asahi_Sugihara
    すぎはら・さとみ朝日新聞専門記者(家族、教育担当)。1992年朝日新聞社に入社し、主に家族をめぐる法律や社会保障など、家族と国家の関係について取材している。社会部・教育班を経て、2018年4月から現職。近刊に『掃除で心は磨けるのか――いま、学校で起きている奇妙なこと』(筑摩選書)。『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩選書)では教育分野を執筆した。

    リュウタ / PIXTA(ピクスタ)


    (出典 news.nicovideo.jp)


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     1900年以降、世界の種子植物は年にほぼ3種というペースで消えている。
     こrは自然に起きる絶滅の500倍という速さだ。

     『Nature Ecology & Evolution』に掲載された調査では、33万種以上を調べ、島や熱帯が原産の植物は絶滅する可能性がかなり高いことが明らかになった。

     また地域にかからわず、一番絶滅する可能性が高いのは、木や低木などの多年生植物なのだそうだ。

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    1753年以降571種の植物が絶滅

     この調査は、イギリスキュー王立植物園の植物学者のラファエル・ガベアーツ氏が編纂したデータベースを元にしたものだ。

     ガベアーツ氏はあらゆる既知の植物の状態を知るために、1988年から科学的な文献を元にして、すでに絶滅したと判断された種子植物と、絶滅されたとみなされたが後に発見されたもののリストを作成。

     2015年、ここにスウェーデン、ストックホルム大学のエアリス・ハンフリーズ氏らが参加し、データを解析しつつ、各地域や植物の特徴(単年生か多年生など)ごとの絶滅率を比較した。

     調査された学術文献には、分類学の父と言われるカールリンネが『植物の種』を発表した1753年以来、ほぼ1234種が絶滅したと報告されていた。しかし、そのうち半数以上はそれ以降に再発見されたか、別の種に再分類されていた。

     結果、現時点でも絶滅したと考えられているのは571種であった。

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    最も絶滅が進んでいるのは人口が急増している地域


     絶滅した植物の分布図からは、マダガスカル、ブラジルの熱帯雨林、インド南アフリカといった、生物多様性に富むが、人口が急激に増加している地域がもっとも絶滅リスクが高いことがわかる。

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    Humphreys et al./nature

     絶滅した種が一番多かったのはハワイで、1900年以降79種が消えてしまった。ついで南アフリカで、こちらは37種が絶滅した。

     ハンフリーズ氏によると、熱帯の絶滅率は、こうした地域の生物多様性の豊かさを考慮したとしても、予想を上回るものだという。また固有の種が存在する島は、そうした種が環境の変化に弱いことから、特に影響を受けやすいそうだ。

    絶滅未満の”機能上の絶滅”

     スイス、バーゼル大学のユリアーン・デ・ボス氏は、こうした絶滅データは注意深く編纂(へんさん)されたものだが、それでもなお問題を過小評価しているだろうと話す。

     彼が指摘するのは、”機能上は絶滅”している種だ。つまり、もはや植物園の中にしか存在しなかったり、野生で今後も生き延びるには個体数が少なくなり過ぎてしまった植物があるということだ。

     完全にこの世から消えてしまったわけではないからといって、そうした種がまともな状態にあるとはとても言えないだろう。

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    絶滅種特定の難しさ


    なお、ある植物が絶滅したかどうか断定するのは案外難しい。自然の風景は比較的短期間でがらりと変化するために、種の絶滅が確かなことなのかどうかは、広範な追跡調査を行わなければ判断しづらい、とデ・ボス氏は説明する。

     だが、絶滅してしまったと考えられている植物種の捜索を目的とした、包括的な調査を行える資金や時間を持つ研究者はほとんどいないのが現状だ。

     デ・ボス氏も似たような経験をしたことがあるそうだ――ただし、反対の意味においてだ。

     彼は、ある文献に紹介されていた黄色い花を咲かせるベゴニアのDNAを調査するために、カメルーンに赴いたことがある。しかし、その数十年前の研究で紹介されていた地域を訪れてみると、まるで違う風景が広がっていた。

    References:nature / upiなど/ written by hiroching / edited by parumo

    全文をカラパイアで読む:
    http://karapaia.com/archives/52275503.html
     

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    (出典 news.nicovideo.jp)


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    6月15日、「アラサーちゃん」などの作品で知られる漫画家・峰なゆかさんが『Twitter』にて

    今日は東京都美術館のクリムト展に行って絵を見てたら、急に車椅子に乗った男に殴られた。びっくりしすぎて固まってたら、さらに無言で2〜3発殴られた。美術館の人に伝えると「常連のお客様で頻繁にトラブルを起こす方なんですけど、こちらでできることは口頭注意くらいです」とのこと。

    ツイート

    追いかけて殴り返そうとしたけど「峰なゆか障害者男性に暴行」という見出しがよぎってやめた。何もできないわ痛いわ惨めだわで泣けてきて、とにかく私が泣きまくるので最終的に私が救護室に連れていかれて終了しました。

    と続けた。反響を呼び、多くの返信が寄せられる。中でも、美術館の対応について疑問の声が多くあがっていたようである。

    16日夜、東京都美術館の公式アカウント

    東京都美術館にいつも御来場、御支援いただき、ありがとうございます

    昨日御来館いただいたお客様に、館内トラブル時の美術館の対応により、ご不快な思いをさせてしまいました。また、このことについて多くの方からお問い合わせをいただくなど御心配をおかけしております。誠に申し訳ございません。

    現在、事実関係を確認しており、明日以降、できるだけ早く当館の対応につきまして当館ホームページ等でご説明させていただきます。

    ツイートを行う。こちらのツイートにも、批判の声が多数寄せられていたようだ。
    17日以降に説明があるということで、その内容に注目が集まっている。

    ※画像は『Twitter』より

    ―― 会いたい人に会いに行こう、見たいものを見に行こう『ガジェット通信(GetNews)』
    漫画家・峰なゆかさんが「クリムト展」で車椅子の男性に殴られたとツイート 東京都美術館は「現在、事実関係を確認」


    (出典 news.nicovideo.jp)


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     6月13日、韓国メディアには同じようなタイトルの記事が数十件も並んだ。まるで工場で大量生産したかのような大同小異な記事の内容は、すでに日本に伝えられているとおりだ。この2月、慰安婦問題をめぐって天皇(現上皇さま)の謝罪を言及した韓国の文喜相(ムン・ヒサン)国会議長が、故金大中元大統領の夫人・李姫鎬氏の死去を受け弔問のため韓国を訪問した日本の鳩山由紀夫元総理と昼食をともにした際に、自分のかつての発言について、「心を痛めた人々がいれば申し訳ない」と謝罪した、という内容だ。

    JBpressですべての写真や図表を見る

    鳩山元総理は「合理的考えを持った政治家」

     しかし、なぜ日本の皇室や現政権となんらの関係もなく、すでに政界を引退している鳩山元総理に謝罪をしたのか。そして、日本政府の反発にも強硬に自分の所信を曲げなかった彼が、なぜ4カ月ぶりに、それも食事中にいきなり謝罪をしたのだろうか。数十本に及ぶ韓国での記事をいくら精読しても理由が分からない。国会報道官の報道資料をほぼそのまま引用して書いた記事には、何の解説や論評、分析も盛り込まれていなかったためだ。

     そこで、韓国のベテラン記者に解説を頼んだところ、次のような推論を聞かせてくれた。

    「最近、日本の嫌韓感情が『一線を越えた』との危機意識があちこちで表明されるようになっている。政治はもちろん、経済や人的交流まで中断されたり、もしくは中断されるという懸念の声が上がっている。

     特に5月末に訪日した韓国の重鎮議員たちが冷遇を受けた事件は、韓日関係が奈落の底まで落ちている事実を象徴する事件として受け止められている。文喜相議長としては、ここまで悪化した韓日関係に自分の発言が一役買っていることが相当な心理的負担だったのだろう。

     しかし、だからといって公式的に謝罪することは、韓国人の国民感情を考えると難しい。鳩山元総理は韓国メディアからは『合理的な思考を持った政治家』と評価されている人物だ。その鳩山氏にかつての発言に対する遺憾の意を表明すれば、韓国人も『屈辱』とは思わない、と判断したようだ。何より大阪G20首脳会談を控えて、日本側から自分の発言(天皇謝罪)を再び取り上げる状況を避けたかったのではないか」

     文喜相議長は、この2月8日(現地時間)米国メディアとのインタビューで、慰安婦問題の解決に向けては「日本を代表する(安倍晋三)総理、またはすぐに退位する(明仁)天皇が謝罪することが望ましい」と話し、明仁天皇を「戦争犯罪主犯の息子」と称した。これに、日本政府は直ちに遺憾の意を表明し、文議長の発言撤回と謝罪を要求した。しかし、文氏は数回にわたり、「謝る理由がなく、発言を問題にするのは安倍政権の策略」と主張してきた。

    「天皇が謝罪を」発言を支持した韓国のメディアもトーンダウン

    「謝罪する事案ではない。10年前からの持論であり、今も根本的な解決策については、そう思っている」(2月12日訪米中の韓国記者団との記者会見で)

    「リーディングステート(先導する国家)資格を持つためには果敢に謝罪しなければならない。(ドイツのように)土下座まで見せればもっと良い」、「謝罪すべき方が謝らず、私に謝罪しろというのはどういうことか。泥棒と居直りだ」(2月15日訪米日程を終えた直後、韓国マスコミとの記者会見で)

    「10年以上も維持している私の持論だ。だから(私が)謝る理由がない。状況を日本国内で政略的に利用しているのではないかという疑問を持っている。もどかしいだけだ」(2月22日韓国メディア『オーマイニュース』のインタビューで)

     文在寅(ムン・ジェイン)政権と与党は文氏の発言を積極的に援護した。韓国外交部は文氏の発言は「真正性が必要だという趣旨」とし、発言撤回や謝罪に対する勧告をしないとの方針を日本側に伝えた。当時の与党の院内代表だった洪永杓(ホン・ヨンピョ)議員は「(文氏の発言は)適切な要求だ」と述べ、文在寅大統領の側近である宋永吉(ソン・ヨンギル)議員も「(文氏の)天皇謝罪要求は正しい」「無礼者はむしろ日本のほう」と、文議長の肩を持った。

     さらに、韓国メデァイも、文氏に謝罪を求めた日本政府に対し、「泥棒の居直り」「妄言」「無礼」などの表現を使って非難し、文氏を援護した。

     しかし、これを境に日韓関係の悪化が韓国の経済と安保に打撃を与えかねない状況にまで発展すると、文氏の発言に「心がすっきりした」「言うべきことは言った」などとの反応を見せていた韓国メディアの論調が少しずつ変わり始めた。3月から、文氏の発言以降、日本政府では韓国に対する経済報復まで示唆されているという日本側の報道が続出するようになると、韓国メディアは、日本人の反韓感情に直接火をつけたのは文氏の発言だと報道し始めた。

    <先月初め、文喜相国会議長の「天皇謝罪」発言後、(日本)政界や世論の反韓感情がさらに高まり、日本国内での韓国企業の立場はより萎縮している。文議長の発言後、日本の政権・与党の自民党の一部から韓国に対する経済報復を主張する発言が本格的に出たことが、これを端的に示す>(「激昂した日本、『半導体素材供給中断・報復関税』の脅し」 毎日経済新聞3月10日)

    <2月に文喜相国会議長の「『戦犯の息子』天皇が、直接慰安婦に謝罪しなければならない」と言った発言は、日本世論を完全に(韓国に対して)背を向けさせる原因となった。このような険悪な雰囲気の結果は今年末にも数字で出ると思われる>(「政治が悪化させた韓日関係、『経済』だけで乗り越えられるか」 東亜日報4月17日

    <韓日間の対立の溝をさらに深めたのは(慰安婦支援を行う)和解・癒やし財団の解散、徴用工の賠償問題など歴史問題だけではない。両国の高官らの感情的な対応は、「火に油を注ぐ」ようなものだった。韓国側では文喜相国会議長が2月、あるマスコミとのインタビューで、従軍慰安婦問題と関連して天皇謝罪の必要性を言及したことで日本を騒然とさせた>「韓日経済断絶で新規投資断絶・・・『これ以上悪化してはいけない』」(ソウル経済新聞4月30日

    日本政府が納得するはずがない「謝罪」をあえてしてみせた理由

     日韓問題を議会レベルで話し合おうと日本の衆参両議院を訪れた韓国の国会議員が伝えた日本の雰囲気も文氏を悩ませた。特に5月28~29日に訪日した韓国国会外交通商部所属議員たちの生々しい証言は韓国でも話題になった。「韓日関係がどれだけ悪化したのか東京で肌で痛感した。『韓国バッシング』が深刻だった」(尹相現議員)、「日本には数回も来ているが、こんな冷遇は初めてだ」(兪奇濬議員)、「日本国内の雰囲気がとても良くない。日本の議員たちさえも韓国議員に会うのを避けるほどだった」(千正培議員)

     加えて、日本側が持続的に謝罪を求めている点も、文氏には大きなプレッシャーになったに違いない。

     現在、韓国では文在寅政権の悲惨な外交力に対する懐疑論が浮上している。日本はもちろん、米国、中国、ロシアの、どの国とも確固たる関係を築けないまま、総力を傾けてきた北朝鮮との関係改善も膠着状態に陥った。韓国の野党とメディアからは、「外交惨事」という非難が殺到している。

     仮に大阪G20で、文在寅韓国大統領が議長国である日本の安倍総理と首脳会談ができない場合、文議長の発言が日韓関係破綻の原因の一つとして再び取りざたされることは明白だ。また、G20で両国の首脳会談が行われたとしても、日本側からもう一度文氏の発言に対する謝罪要求がある可能性もある。この場合、ただでさえ弱まっている文氏の立場はもっと困惑なものになる。

     そこで文氏は、普段から話が通じる相手だった鳩山元総理を選び、G20を目の前にした時点で、急遽遺憾の意を表明したということなのだろう。

     ところで、いくら鳩山元総理に遺憾の意を伝えたところで、日本政府が納得するはずがない。しかし、前出のベテラン記者によれば、文氏としてはそれで十分なはずだという。彼の狙いは、国内向けに「日本に遺憾を意を示した」という既成事実を作ることにあるというのだ。

     つまりこういうことだ。日本がこれに反応しなければ、「日本に遺憾の意を示した」という事実だけが残る。その事実は韓国内に向けての十分なアピールポイントになる。逆に、もし日本側から「正式な謝罪」を再び求められたりした場合には、今度は韓国メディアと韓国国民が日本に猛反発し、文氏を擁護する側に回ってくれるに違いない、ということなのだ。

    「文喜相議長は、韓国で『外見は張飛だが、中身は曹操』と評されている。つまり、どんな苦境に陥っても、そこから抜け出すことができる卓越した戦略家ということだ。おそらく今後、文議長のことを韓国メディアは『悪化の一途を辿る韓日関係を改善するために大きな決定を下してくれた人物』として報じていくだろう」

     韓国人記者の推論に基づく文氏の「戦略分析」を聞いて、心底感服してしまった。彼が「遺憾の意」を示しただけでは、日韓関係は全く好転しない。逆に日本がこれに反応してくれば、さらに両国関係は緊迫化するかもしれないが、彼個人の立場は良くなることはあっても悪くはなりそうもない。これら全てを読んだ上での「遺憾の意」の表明ということならば、いかにもジャングルのごとき韓国国会で頂点に上りつめた人物らしい巧妙な処世術、と評すべきなのかも知れない。

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    今年1月、韓国国会で新年の記者会見に臨んだ文喜相議長(写真:YONHAP NEWS/アフロ)


    (出典 news.nicovideo.jp)


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    画像は武田さんの公式サイトのキャプチャ

    福山雅治さんは公式ホームページで6月上旬、映画やドラマなどの撮影現場で、一部ファンマナー違反が見られるという文章を発表した。また、一般募集のエキストラに当選した人が撮影現場で福山さんに手を振るなど、エキストラの枠を逸脱した言動も目立ち、こうした行動も自重するよう呼びかけた。

    6月16日「ワイドナショー」(フジテレビ系)ではこのニュースに触れ、俳優の武田鉄矢さんがエキストラの在り方について持論を展開した。(文:石川祐介)


    「どっかで"プロ"っていうのをもう一度考え直してもらえないか」


    近年の撮影現場では、無償もしくは交通費のみ支給という条件でエキストラを集めるケースが主流になっているようだが、武田さんによると、昔のドラマプロダクションに依頼して、エキストラは全員雇っていたという。

    「お金をもらわない人ともらえる人の差っていうのは現場に絶対出ます。昔、エキストラの人でサインをねだってくる人は一人もいなかった。一般公募になってから、話しかけてくる人が出てきました。(中略)プロかアマチュアかの差だと思います」
    「『金八先生』のパート1では、町の人は全員雇っていた。土手の上にカメラが置かれると、バーッと散っていくテンポの良さがあった」

    一般公募で集まったエキストラの中には、撮影中に話しかけてくる人もいる。役者はセリフを覚えたいのに、話しかけられて集中できないこともあるそうだ。

    テレビ局も予算の面で厳しい部分があるだろうと言いつつし、「どっかで"プロ"っていうのをもう一度考え直してもらえないかな」と不満を口にした。

    ネット上では「タダでエキストラやって貰おうとする弊害だよ」、「金貰ってないエキストラに求めるのは限界があるよ」と武田さんの主張に納得する声が多く寄せられた。エキストラの一般募集は、限られた制作費の中では仕方がないのかもしれない。自分の好きな俳優や歌手の撮影にエキストラとして参加できるようになった場合は、撮影を滞りなく終わらせることが推しへの敬意だと心得て行動したい。




    (出典 news.nicovideo.jp)


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     昨今、環境保護のため家畜飼育を行わないことが望ましいと伝えられていることもあり、欧米ではますますヴィーガニズム(完全菜食主義)やべジタリアニズム(菜食主義)に移行する人が増える傾向にある。

     アメリカに拠点を置くグローバルコンサルタント会社『AT Kearney』は、今回ある報告書を公表した。

     それによると、2040年には世界の肉の60%が、動物本来の肉ではなく、培養肉や植物から作られたベジミートなどの人工肉に代替えされるというのだ。

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    環境保護の観点から動物の肉を消費しない未来

     従来の食肉産業は、何十億もの動物を飼育し、年間1兆ドル(約108兆5,700億円)の利益をもたらしている。

     しかし、気候危機を引き起こすCO2排出や、野生動物の生息地を破壊する農地改革、また河川や海の汚染まで、最近の科学的研究では家畜飼育による大きな環境影響が明らかになっている。

     環境を保護しようという動きが広がりを見せる中、「大規模な畜産業は“不必要な悪”と多くの人に見なされている」とAT Kearneyは報告書の中で述べている。

     植物性たんぱく質を利用したベジミートや、培養肉などへの転換は、もはや否定できない変化として起こりつつあるというのだ。

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    培養肉の製造が注目される


     既に市場には、植物性たんぱく質でできたベジミートが普及している。現在、多くの企業が植物由来の肉代替品の製造に多額の投資をして商品を製造している。

     更に近年注目されているのが、培養肉の開発だ。様々なスタートアップ企業がその開発を行っているが、まだ市販されるには至っていない。

     培養肉は、生体触媒を用いて物質の合成・分解などを行う装置「バイオリアクター」技術によって、指数関数的細胞の成長を通して作られることになるという。

     つまり培養肉とは、生きた動物から細胞を抽出し、バイオリアクター技術を用いて動物の体外でそれを増殖させることにより生成される肉なのだ。

    ・世界初、実験室で育った人工肉、培養ミートボールが公開される(米研究) : カラパイア

     培養肉の製造は、動物の屠殺を伴わないことが大きなポイントとなるが、肝心の味は「従来の方法で製造された肉と同一のもの」と報告されており、消費者を満足させられるほどの質を持っているようだ。

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    培養肉に対する消費者の意識も変わり始めている


     また、アメリカ、中国、インドでの調査では、培養肉についての潜在的な顧客の不安は障害にはならないということも報告されている。

     培養肉は、長期的にみても最も人気が出るとされるもので、2040年に消費される全肉の35%を占めることになるとみられている。

    20年後には世界の肉の60%が人工肉に

     こうした移り変わりは、従来の食肉養殖法の環境への影響と併せて、ヴィーガン代替品に対する需要の高まりに対する意識が各消費者の中で向上した結果であることが指摘されている。

     より持続可能でヘルシーな食生活を意識し、肉の代わりに豆類やナッツ類などのたんぱく質を摂取するという新しいライフスタイルへの転換を求める人が増加しているのだ。

     結果として、培養肉と植物性の肉代替品は、全ての下請け会社と共に10億ドル規模の従来の食肉産業を崩壊させようとしているようにも思える。

     いずれにしても、世界の肉の60%が20年後の2040年には、屠殺された動物からのものではなくなる可能性が高くなるとのことだ。

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     とはいえ現時点では、世界のどの食料品店でも動物の肉が主流である。

     イギリスの全国農業組合(NFU)のスポークスマンは、「技術革新と新技術は常に畜産業の発展の中核をなしてきました。実験室で作られた肉の科学は興味深いものではありますが、NFUは消費者が求める限り、安全で、製造元の追跡が可能な、手頃な価格の食料を生産できるような家畜飼育を今後も続けていくことは間違いないでしょう」と話している。

     とは言え近い将来、我々の食卓も大きな変化を見せそうな気配だ。培養肉はもちろん3Dプリンターで作られた料理、昆虫食など、今とはガラっと変化している可能性はあるだろう。

     でもって昔の人はこんなもの食べてたみたいよ。えーびっくり!なんて会話が交わされることになるのかもしれない。

    References:atkearney / inverse/ written by Scarlet / edited by parumo

    全文をカラパイアで読む:
    http://karapaia.com/archives/52275599.html
     

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    ハンドルの上に足を載せて寝るのも足のうっ血を防ぐ意味もある。大切な休息の時間だ

    ◆「トラックドライバーにはなりたくない」?
    トラックドライバーが一般ドライバーに知っておいてほしい“トラックの裏事情”」をテーマに紹介している本シリーズ

     前回は「トラックドライバーの身体を蝕む、過酷過ぎる『バラ積み・降ろし』の実態」を紹介したが、これにはドライバーや物流企業だけでなく、荷主側からも「ドライバーの労働環境の改善を」といった声を多くいただいた。
     一方、「トラックドライバーにだけはなりたくない」や、中には「底辺職なんだから辛くて当然」、「嫌なら辞めろ」とする業界外の方からのコメントも今まで以上に散見。
     そこで今回は、「トラックドライバーは“底辺職”なのか」を、筆者の当時の心境や、現役トラックドライバーの実情をもとに率直に述べていきたい。

    ◆「我慢すれば自分でもできる」は大間違い
     こうしてトラックの事情を書いていると、毎度必ず見られるのが、前出のような「トラックドライバーにはなりたくない」なる文言なのだが、どうか安心していただきたい。こうした気持ちの方々には、トラックドライバーは絶対に務まらない。
     皮肉でもなんでもない。筆者含め多くのドライバーが、3日ともたずに辞めていく人たちを今まで数えきれぬほど見てきているのだ。

    「“底辺職”は我慢すれば自分でもできる」という前提で考えていたら大間違いなのである。

     そもそも“底辺職”とは何なのか。世間が共通して抱くニュアンスは、「給与が安く3K(危険・きつい・汚い)で、人間として扱われない不人気な仕事」といったところだろうが、その定義や“底辺”とする根拠は、元々かなり曖昧だ。
     それがゆえに自分の仕事だけでなく、第三者の職の過酷さを表す用語としても軽々しく使われることがあるのだが、他人の職を「底辺だ」とするのは、「職業差別」以外の何ものでもない。

     これまで本シリーズでも幾度となく紹介してきたとおり、トラックドライバーの職は過酷だ。傍から“底辺職”と思われるのも、原因の多くはこの過酷さにある。

     その図体の大きさゆえに、走っていても停まっていても邪魔扱いされ、荷主に指示されるがまま手荷役作業(手で1つひとつ荷物を積み降ろすこと)し、眠い目こすって長距離運転。これらの運行状況はデジタコ(デジタルタコグラフ)で会社に逐一管理され、荷物事故を起こせばその荷の「買取り」までさせられるケースもある。
     また、運転中は「命の危険」と隣り合わせになるだけでなく、下手をすると「加害者」にもなり兼ねず、常に緊張を強いられるため、体力だけでなく精神面からも過酷な仕事であるといえる。

    ◆「便利な生活」がトラックドライバーの仕事を過酷にしている
     しかし、「トラックドライバー=底辺職」というイメージの形成は、こうした業界内の労働環境だけによるものではない。中には、世間が無意識のうちにしている「トラックドライバーの軽視」や「職業差別」が彼らを“底辺”に追いやっているケースもある。

     例えば、ECサイトなどの通信販売などでよく見られる「送料無料」という言葉。
     この4文字が、上記のような労働環境で働くドライバーの努力のもとに成り立っているものだと意識する消費者は、残念ながら多くはない。

     少ないながらにも実際発生している輸送料・配送料に対して、「送料弊社負担」や「送料込み」など、他にいくらでも言い方がある中、わざわざこの「無料」という言葉が使われることに、「存在を消されたような感覚になる」と漏らすドライバーもいる。

    ◆世間によって植え付けられるネガティブイメージ
     また、スポーツ選手が怪我や成績不振によって戦力外になり、トラックドライバーに転身したというエピソードが時折ドキュメンタリー番組などで取り上げられ、「転落人生」などと題されることがあるが、筆者は現役ドライバーのころから「トラックドライバー」という職を「人が“転落”した先でする仕事」だとは一度も感じたことはない。

     むしろ、こうしたスポーツ選手のような体力と精神力、スキルが必要な「専門職」だと思っており、今もその考えは変わっていない。
     世間が当事者の感情を知りもせず「誰でもできる“底辺職”」というイメージを植え付けてしまうことに、大変な違和感を覚えるのだ。

     さらに、昨今物議を醸している「交通事故」による扱いにも大きな違いがある。
     交通ルールを守っていた歩行者を轢いて死亡させても逮捕されない暴走ドライバーがいるのに対し、トラックドライバーは安全運転していても、突如現れたサイクリスト自転車乗り)や自殺者など、回避できない対象を轢くと、「交通強者」であるという理由から、高確率で実名報道・現行犯逮捕される(詳しくは、以前書いた”過失がなくても、まず逮捕。加害者になりやすいトラックの悩み”をご参照いただきたい)。
     「上級国民」という言葉を耳にするたび、トラックドライバーは、世間以上にその“違い”を考えさせられるのだ。

    ◆過酷ならば底辺職なのか
     このように、理不尽なことが多いトラックドライバーという仕事。表面上に見れば、どうしても「底辺職だ」とされやすく、ドライバーの中にも実際そういう思いを抱きながら働いている人もいる。

     しかし、こうした過酷な環境の中でも、自らの仕事を「底辺職」ではなくむしろ「天職」だと胸を張り、愚痴をこぼしながらも、長年生き生きと日本の道路を走り続けるトラックドライバーも数多く存在することは、是非分かっておいていただきたい。

     彼らがトラックを降りないのは、「仕方ないから」や「他に職がないから」ではなく、「トラックドライバーという職が心底好きだから」だ。彼らと話していると、「過酷ならば、低賃金ならば“底辺職”なのか」という思いが沸々とこみ上げてくるのである。

     自分が誇りをもって就いている仕事を認められなかったり、侮辱されたりされることほど、モチベーションが下がることはない。
     トラックドライバー自身にも改善すべき点は多くあるが、彼らが邪魔者扱いされながらもひたすらに走っているその先には、我々の生活があるということだけでも理解してもらえると、日本の物流はもう少し明るくなる。

    <取材・文/橋本愛喜>
    フリーライター。大学卒業間際に父親の経営する零細町工場へ入社。大型自動車免許を取得し、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。日本語教育やセミナーを通じて得た60か国4,000人以上の外国人駐在員や留学生と交流をもつ。滞在していたニューヨークや韓国との文化的差異を元に執筆中。

    ハンドルの上に足を載せて寝るのも足のうっ血を防ぐ意味もある。大切な休息の時間だ


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