「社会は厳しいぞ」と繰り返す大人に批判相次ぐ

いくら政府が、日本の実質成長率が年々微増しているなんて言ったって、国民としては全く実感できていない昨今である。年号もぼちぼち変わり、さらにはこのまま行くと10月には消費税も10%に引き上げられる。高い買い物をするなら今のうちに済ませておくのが賢明だが、いかんせん国民には、もはや振る袖もなかったりする。

日本は30年あまりの平成の時代のうちに、すっかり衰退してしまった。若い労働力は減り、賃金も減り、負担だけは反比例して伸びていく。もはや高度経済成長期の日本の見る影などないし、ぶっちゃけ2020年東京オリンピックが控えていたとして、その特需めいたものが市井の私たちに福音をもたらすかどうかも疑わしいレベルだ。

どう考えてもこの国はオワコンにも関わらず、世間は未だに、この現実に素直になりきっていない。(文:松本ミゾレ)

社会は厳しいぞ!と言う人が社会を生き難くしている

先日2ちゃんねる「バカ『社会は厳しいぞ!』ワイ『お前みたいなやつの集合体が社会で生き難くしてるんやろ』」というスレッドが立っていた。タイトルだけで言わんとしていることはおおよそ分かる。我々には、自分が味わった不条理や苦痛を、後の世代にも味わってもらわなければ不公平だと感じる性分が少なからずある、という指摘だ。

日本社会は、不条理だの非効率だの言っている場合でもないのに、未だに後の世代にそれを強いて自縄自縛の状態に陥っている節は確かにある。スレッドには、

「『厳しいから耐えろ』やなくて『厳しくない世の中にする方法』を皆で考えるべきだよな」「一億総ゆとり社会の方がなんぼかましやろ、どうせ経済成長せんならな」

など、タイトルに賛同する声が多かった。

この発言にイライラする人もいると思うが、人間は心に余裕がないときに図星を突かれると苛立つ生き物なので"そういうこと"だと自覚してもいいように思う。厳格な規律の元粛々と働き、理不尽に耐えることができるのは、相応の対価をもらっている人間だけだ。そんな人間が今の日本にどれほどいるか。

窮屈な社会なのに経済成長もしていない。私たちって何のために苦しんでいるの?

そもそも社会が厳しいとはどういう意味か。人によって定義はブレると思うけども、おおよそ、低賃金や、理不尽な叱責にも耐えなければならない状況を差すのではないか。今の時代、導入すれば仕事が捗り時短にもなるツールガジェットが山のようにあるのに、意固地になって受け付けない世代もいる。そしてそういう世代が企業の中で発言権を握り、地獄の非効率労働を招いているケースを、僕もいくつか知っている。

その上で、労働者に満足行く賃金も与えずに叱責、叱責、また叱責。「お前のためを思って叱っている」との大義名分を振りかざして、精神的な搾取を続ける企業もある。全く今の日本の社会は、「バカらしい」の一語に尽きるのだ。

恐ろしいのは、こういった悪循環を日本の労働者各々は自覚しているのに、社会の枠組みの中で働いていると、自然にそのことについて考えようとしなくなる点である。たとえばスレッドには、こういう意見がある。

「『自分は大変な思いをしたからこれからの人がやり易くなるようにしよう』なんて高校大学の頃は考えてたのに、社会人になってから色々疲れて教える余裕がなくなるのが辛い。自分が腐ってくのが良く分かる

間違っていることや効率が悪すぎる風習、を把握していても、一旦社会の一員になってみると「我慢すれば穏便にことが進む」という気持ちが強まり、折衝する気が萎える。言ってみればみんな、惰性で非効率社会の回し車に乗り続けているのである。

ここで改めて書いておくけど、社会はムダな厳しさやバカみたいなルールがいくつもある。そしてそんなに窮屈な社会なのに、その恩恵で経済が劇的に成長したりはしていない。だとしたら、私たちって一体何のために苦しんでいるの?




(出典 news.nicovideo.jp)


<このニュースへのネットの反応>

言いたいことは最もだけど、おでんツンツンしたり、アイスケース入ったり、わざわざお上りしてまで都会のど真ん中で外国のお祭りに乗じて大暴れする世代だから、結局学生運動みたいに自分さえよければ良いルールを展開するんだ、歴史は繰り返す。


大事なのは問題ではない。解決法を考えることだ。こーすべき、あーすべきと言っているうちは社会は厳しいと言ってる人と何も変わらない。柔軟な発想力を養うために一発ギャグでも考えてる方がまだ生産的なのだ。…のだのだのだのだ海苔の佃煮


社会は厳しいぞって言う人間は、ただ単に理不尽を要求してるだけだよ。そんなのどうでもいいから、何か具体性や解決性を言えと


戦国時代に「人*なんて良くない。合戦しなくても済む方法を大名から農民までみんなで考えよう」と言ってるのと同じだと思う>「『厳しいから耐えろ』やなくて『厳しくない世の中にする方法』を皆で考えるべきだよな」


厳しくていいから対価をよこせ。対価も出せないならきつい仕事なぞよこすんじゃない。どちらも出来ないなら人の上に立つ資格なぞ無い。・・・たったそれだけの理想を未だかつて体験してないとかいう地獄


必要な厳しさ、仕方の無い厳しさもあるが、現状不必要だったり意味も無く理不尽な厳しさも多い。そのへんちゃんと分けて考えられる人と、考えられない人の違い。


俺達が若い頃大変な思いしてきたんだから若いお前らも辛い目に遭え、みたいなブラックマインドが全くないとは言えないよな。


「社会は厳しいぞ」っていう人を良く観察すれば、その人がやっていけてる社会はそれほど厳しくないとわかる


俺は「社会は厳しい」ではなく「学生(子供)時代がゆるい」だけだと思うけど


終身雇用、年功序列、年金などの将来の安定という報酬とひたすら頑張れば経済が発展していたからこその厳しい社会が成立していた。それらが今すべて崩壊して厳しい社会だけが残っている


他人のせいで厳しくなってるって考えてる時点で無理だな


まず再就職が難しいってだけで厳しくない世の中にはほど遠いでしょ


認識が変われば社会が変わっていく。厳しい世の中にしちゃいけないって考え方が広まれば当たり前だと思って気が付かなかった事が見える。一昔前のおかしな常識が今では時代遅れと思われている事なんてたくさんあるんだ。だから啓蒙にはきっと意味がある。今はどうすればいいか分からなくても意識さえ持っていればアンテナが受信してくれるさ


まあよく聞く話「上司数人で囲んで何時間も説教」みたいなヒマの極みみたいな事してて回せる程度にはユルいわけだから、必要悪とは言い難いわな


周りに厳しい人ほど自分に甘い。自分に甘い癖に自分に対する理想が高く、達成できずに失望ばかりしている。そのギャップに1人悩む一方、等身大で人生を歩んでいる人が羨ましく攻撃したくなる。また他人の甘さを見ると、鏡を突きつけられているようで我慢ならんのだよ。


仕事の「難しさ」を教えるべきであって「厳しさ」をドヤ顔で教えるのはズレてるよね。「難しい」への対処は「問題の解決や調整」だけど「厳しい」への対処ってたいてい「耐えろ」とか言う根性論だし


そんな厳しく理不尽で時に心身壊し最悪は死に至る世に子供なんて生めません。


社会を厳しくしている真の犯人は、ほんの少しでも仕事の質が落ちただけで大声出して激怒する理不尽な「お客様」たちだろ。あいつら、レジ打ちが遅いってだけで目を充血させながら怒鳴ってくるからな。相手がその日に入ったばかりの新人でもお構いなし。


とりあえず、社会に不満があるなら選挙へGO!現状に不満があるなら、どこでもいいから野党へIN!投票所で選管と握手!実力?実行力?hahaha!それは君が支持(投票)して育つのを待つんだ。それか、心を入れ替えた元与党が帰ってくるかもしれないゾ!


古代の王族、中世の貴族がなぜ存在して民から搾取していたかというと軍備を整え外敵に備えるためです。それが市民革命によって議会制に取って代わられ、市民全員が国家運営の責任と自覚をもつに至りました。社会が厳しいというのは、国際間競争の渦の中に一つの歯車として否が応でも巻き込まれる、ということです。厳しくない社会とは、そういった競争から放り捨てられるということです。