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    カテゴリ: > スポーツ



    スポーツ庁が2017年からの5年をかけて実施している「スポーツ基本計画」は、「スポーツ参画人口を拡大し、『一億総スポーツ社会』の実現に取り組むこと」を目指しているという。そんな方針を知ってか知らずか、先日のはてな匿名ダイアリーに「体育苦手だったけど社会に出たら全く困らなかった」とのタイトルで投稿があり、注目を集めた。

    「学生の頃、とにかく体育の時間がイヤだった」という投稿者。「走るのも球技も体操も、全部苦手」で、マラソン大会はいつも下位。球技は「戦力外」で特に「体操が一番苦手」だったという。理由は「みんなが見てる前で演技させられるから」とのことで、憂鬱な思い出は上げればキリがないようだ。(文:okei

    スポーツが嫌というより「体育にロクな思い出がない」人々

    「体育苦手だったけど社会に出たら困らなかった」に共感多数

    どうせならスポーツ実施組と座学組を選択形式にすればいいのにとか、健康増進が目的なら苦手な人は5分くらいのウォーミングアップだけやればいいとか、とにかく得意も苦手も「みんな一緒に」はナンセンスという考えのようだ。社会人になればサッカーゴールキメる場面があるでなし、

    「運動ができないことで不利益を被るっていうのが学生時代特有の経験だったことがわかる」

    との結論に達していた。

    これにブックマークは600以上つき、共感の声が相次いだ。運動が嫌というより、「体育にロクな思い出がない」人が多い。

    「学校の体育は授業ではなくてハラスメントだから」
    「体育の授業のさせ方で、晒し者にしないやり方に変える努力が感じられないからかな。運動嫌いを量産してる」

    そう。運動オンチの筆者にも覚えがあるが、常に周回遅れで実力の差を見せつけられる無力感、失敗をさらしものにされる敗北感は、デリケートな思春期に余計な心の傷を残す。コメントには、

    「特定のスポーツルール説明せずに体育の授業でやり出して、『なんでルール知らないんだ!』言われたのマジ理不尽」

    という声もある。バスケのトラベリングサッカースローインの足の位置なんて知らないし、野球の外野は球をどこに投げるんだかサッパリだ。それらを、一部の指導者や体育大好きっ子たちは「知ってて当たり前」として押し付けてくることがある。

    また、団体競技で「お前さえいなければ」という圧や、頑張っているのに「努力が足りない」と責められることも、ただでさえ運動が苦手な者にとっては、益々嫌いになる原因だ。大人になって体育がないことにホッとして、「あんなのできなくても困らんわ」と思う気持ちはよく分かる。

    「苦手なものに折り合いをつける賢さも大事」という声も

    一方で、苦手なものでも経験する意義を説く人も多かった。

    「子供の頃に苦手なことを一切やらせないのは反対。得手不得手が分かるし、(中略)苦手なものに折り合いをつける賢さって、大事だと思うんだけど」

    確かに、苦手だからと避けてばかりでは学びの機会は半減する。

    筆者も中学生の頃の「サーブが入れば点が入る」レベルバレーボール大会を思い出した。あと1点で勝ちという場面でサーブを打つ番になってしまい、クラス中に「あーあ、こいつか……」とガッカリ感が充満した。しかし奇跡的にサーブが決まり、クラスの歓喜の輪に包まれた。のちに先生までもが「まさか入るとは思わなかった」と本音を漏らしていたが、嬉しかったのをよく覚えている。まったく参加しなければ味わえなかった喜びだ。

    コメントには、「体育はできなくてもいいけど、適度な運動を習慣づけられる何かが必要。特に中年期以降」といった意見も多い。年齢を重ねるほど、基本的な体力・健康維持のため適度な運動が必要になる。こればかりは体育が苦手でも関係ないことだろう。




    (出典 news.nicovideo.jp)


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    プレミアリーグ第12節、昇格組のカーディフはブライトン戦で劇的な逆転勝利を収めた。

    1-1で迎えた後半終了間際、DFソル・バンバが値千金の決勝ゴールを奪うという展開!

    ただ、33歳の巨漢CBは喜びを爆発させると、ユニフォームを思いっ切り脱ぎ捨ててしまった…。

    当然イエローカードが提示されるかと思いきや、マーティン・アトキンソン主審からはまさかのお咎めなし。これだけ完全に脱いでおきながら、カードを貰わなかったのはなぜなのか…。現地でも話題になっている。

    BBC』によれば、バンバは「レフェリーから『ユニフォーム脱いだ?』と聞かれたので、『脱いでない』と言ったんだ」とシンプルすぎる理由を明かしていたそう。

    とはいえ、どう見ても脱いでいたし、半裸姿で副審のほうに向かって走っており、『BBC』では謎すぎる…というニュアンスでも伝えていた。カーディフの指揮官も困惑気味だったそう。

    ニール・ウォーノック(カーディフ監督)

    「マーティンが意図的にやるとは思えない。

    試合前にユニフォームを脱ぐことについてレフェリーから注意された際、私はうちの3選手がユニフォームを脱いでイエローカードを貰うことを願うと言っていたんだよ。

    うちはあまりゴールを決めていないからね。そうだろ?」

    12試合で11ゴールと得点力不足のカーディフ。69歳のベテラン指揮官は、3ゴールを決めて喜ぶ3人がイエローを貰うことを期待していると自虐めいた発言をしていたとか。

    プレミアリーグで謎すぎる判定「完全に脱いだのに、なぜかイエローなし」


    (出典 news.nicovideo.jp)


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     かつてのサッカー界のスーパースターロナウジーニョ(38)が借金に苦しんでいるという衝撃的なニュースが飛び込んできた。11月5日スペイン紙『マルカ』によると、借金の返済を滞納していたため、裁判所がパスポートの没収と口座を差し押さえたところ、残高はたった6ユーロ(日本円で約750円)しかなかったという。

     一時はあのデビッド・ベッカム(43)を抜き、世界一稼ぐサッカー選手だったロナウジーニョにわかには信じがたい話だが、大枚の飛び交うスポーツ界では、彼のように身を持ち崩すケースが少なくないのだ。

     複数のメディアで報道された事実をもとに、いくつか振り返ってみよう。

    ◆①ボクシング マイク・タイソン(52)

     2003年2300万ドルもの負債を抱え込み、自己破産を申し立てた。現役時代には4億ドルとも言われるファイトマネーを稼ぎ出したにもかかわらず、全ては瞬く間に消え去った。宝石や高級車に湯水のようにつぎ込んだだけでなく、元妻への慰謝料900万ドルに加え、1340万ドルにものぼる税金も滞納していたという。

     麻薬中毒や奇行などもあり人生のどん底を味わったタイソンだが、すっかり立ち直り娘のテニス練習を見守る良きパパとなった。

     ひとつのきっかけが、モスクワで起きた鉄道テロ事故の被害者に面会したことだったという。顔に大やけどを負った女性の姿に人目をはばからず涙したタイソンは、このとき初めて、本物の強さを理解したと語っている(NHK-BSプレミアム『アナザーストーリー2017年9月19日放送)。

    ◆②相撲 輪島大士(享年70)

     2018年10月8日に亡くなった、第54代横綱の輪島大士。懸賞金を使い果たして翌年の税金が払えなくなったり、年寄株を借金の担保にしたために廃業するなど、様々な伝説を残してきた。

     その後もプロレスへの転向、アメリカンフットボールの監督業、しまいには「とんねるず」との共演でバラエティタレントとしてブレイクまでしてみせた。

     豪快な人生がクローズアップされがちだが、2009年に初めて相撲中継の解説を務めた際の、慎ましやかなたたずまいが忘れられない。

    ◆③MLB カート・シリング(51)

     ランディ・ジョンソン(55)とのダブルエースで、アリゾナ・ダイヤモンドバックスを初のワールドシリーズ制覇に導いた2000年代を代表する名ピッチャー。19年の現役生活で稼いだ年俸の総額は1億1400万ドル。
     しかし、熱狂的なゲーマーだったことが、その後の人生を狂わせた。趣味が高じて、ゲーム会社「グリーンモンスターゲーム」(のちに38スタジオに改名)を立ち上げたのだが、2012年にあえなく破産。自身も全財産を失ったという。

     闘志むき出しで、時には舌禍(ぜっか)事件を招いたキャラクターとは裏腹に、美しい投球フォームが印象的だった。

    ◆④ゴルフ ジョン・デーリー(52)

     1991年の全米プロゴルフ選手権、1995年の全英オープンの計2度、メジャー大会を制した“悪童”。その後、アルコール依存症を患い、4回の離婚を経験するなど波乱万丈の人生を送っている。

     なかでもひどかったのが、ギャンブル癖。溶かした金額は合計で6億円にもなるという。そのため、自ら物販をして回る生活までしていたというから驚きだ。でも悲壮感はなく、ガールズバー「フーターズ」の軒先を借りてTシャツを売る姿も、どこかなじんでいる(英タブロイド紙「デイリーメール2015年4月11日より)。

     いまでもツアー大会への出場を続けているデーリー。大きく垂れ下がった腹に、ド派手な色のコーディネートは、ダントツに個性的だ。

    ◆⑤野球 伊良部秀輝(享年42)

     尽誠学園のエースとして甲子園を沸かせ、千葉ロッテマリーンズでは清原和博(51)と数々の名勝負を繰り広げてきた伊良部。その後、念願のニューヨーク・ヤンキースへの移籍を果たすも、思ったように活躍できず、地元ファンメディアからブーイングを浴びる辛酸もなめた。日本球界復帰後、阪神タイガースリーグ優勝を経験したものの、翌年に戦力外通告を受けるなど、浮き沈みの激しい選手生活だった。

     そして、2011年7月。突然の自殺という悲劇的な最期を迎える。経営していたうどん店の不振や、結婚生活の破綻などが原因と言われてきた。気性の激しさゆえ、ファンや首脳陣ともトラブルを起こしたことも一度ではない。だが、伊良部の心根を想像するとき、理想のコーチ像について語った以下の言葉を思い出してしまうのだ。

    「ブルペンの横でコーヒーでも飲みながら、和やかな雰囲気で選手と話して、みたいな感じがいいですね。」
    週刊SPA 2011年7月19日号「エッジな人々」より

    ◆⑥サッカー ポール・ガスコイン(51)

     アルコール中毒うつ病、暴力沙汰に税金滞納。にもかかわらず、愛され続けてきたガスコイン。その理由は、イングランド史上、最高の天才と称されるプレースタイル。無骨なイングランドスタイルにあって、柔らかく繊細なボールさばきは異彩を放っていた。

     国民性の違いもあるだろうが、日本だったら真っ先に排除され、いなかったことにされてしまっただろう。 

     こうして見てみると、金銭や私生活に問題のあるアスリートは、いわゆる“ゲームチェンジャー”と呼ばれるタイプが多い。有事においてこそ力を発揮する存在。その力が強すぎるせいで常識から外れてしまうのを感じるから、私達は彼らに惹かれるのだろう。<文/石黒隆之>

    現役時代の2007年(C) Santamaradona


    (出典 news.nicovideo.jp)


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     カタール・ドーハで行われていた、世界体操が11月3日に閉幕。内村航平がケガで個人総合に出場しなかったこともあり、日本は11年ぶりに金メダルなしの世界体操となった。特に、宮川紗江によるパワハラ告発もあって注目を集めていた女子は、村上茉愛の個人総合銀メダルはあったものの、団体6位と東京五輪出場権を逃し、厳しい現実を突きつけられた格好だ。

     ただし一方で、女子体操ファンお父さんたちを最もガッカリさせたのは、杉原愛子が出場しなかったことだったようだ。

    2016年リオ五輪、昨年の世界体操に続いて今回も代表メンバー入りを果たし活躍が期待されていましたが、現地へは入ったものの腰痛の状態が思わしくなく出場はなし。公式練習以降、一度もジャージを脱ぐことがありませんでした」(スポーツ紙記者)

     杉原の名をネット検索すると、真っ先に“かわいい”というワードを使ったサイトが出てくる彼女には、男性ファンが非常に多く、そのスタイルにも熱い視線が注がれているのだ。

    「5月にNHKで放送されたドキュメント番組『アスリートの魂』でも、可愛らしいルックスに加え、体操選手に不釣り合いな、たわわバストに目を奪われ、ファンになった男性が多いのでは。19歳とはいえ、タイトなコスチュームでギュッとおさえても推定Fカップの膨らみは隠しきれません。元日本代表で人気者となった田中理恵以来の逸材で、競技外での注目度を含め、イメージが低下した体操協会も期待しているはずです」(前出・スポーツ紙記者)

     今回は、痛み止めの座薬まで使用しながら練習に努めたが、腰痛の痛みは消えず、出場は叶わなかったという。豊満バスト&座薬も使う根性──。ますます応援したくなるではないか。

    アサ芸プラス


    (出典 news.nicovideo.jp)


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     タレントダンカンが、先頃プロ野球日本シリーズ広島東洋カープを下し、日本一に輝いた福岡ソフトバンクホークスについて「この日本一は認めん!」とブログで疑義を呈した。

     ダンカンは、ソフトバンクパ・リーグ2位からクライマックスシリーズを勝ち抜き日本シリーズに進んだことを「例えルールもお天道さまも許しても昭和の野球小僧のオレは許さねー!」と不満を示した。「せめて、日本選手権シリーズでもアドバンテージを付けるとか?」といった提案も行っている。

     クライマックスシリーズは優勝決定後の消化試合を減らす目的で2004年パ・リーグで導入され、のちにセ・リーグでも導入された。2位、3位のチームであっても、結果次第では日本シリーズへ進出する権利が得られる。

     ダンカンの提案を受け、ネット上では「確かに1位のチームが進出できないのはなんか理不尽だよな。それで日本一になってしまえばなおさら」「CS争いは、また別の盛り上がりがあっていいけどな」「何があっても結果は結果だよな」といった声が聞こえる。

     一方、2014年にはダンカンが大ファンとして知られる阪神タイガースセ・リーグ2位からCSを制したことを、喜ぶ過去の発言も発掘されてしまった。この年は日本シリーズは逃したものの、CSがなければ2位で終わっていたはずだ。それだけダンカンの阪神熱が強いともいえるが、思わぬところで発言のブレが注目されてしまった形だ。

    記事内の引用について
    ダンカンオフィシャルブログより
    https://ameblo.jp/danakan-tigers11/

    ダンカンの公式ブログよりhttps://ameblo.jp/danakan-tigers11/


    (出典 news.nicovideo.jp)


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     「女子バレー=不人気」のイメージが大赤字を生んだのかもしれない。入場料収入が伸び悩んだため、日本バレーボール協会は6億円近い赤字、大会を共催したTBSも約10億円の赤字が見込まれているという。

     一部報道によると、今大会を独占中継するためのTBSの支出は、国際連盟への放映権料やマーケティング権料などで20億円以上。しかし、企業が広告費を出し渋ったため、CM収入は予定額に達していない。
    「今回の世界大会は赤字を免れそうにありません。10月20日の決勝戦前に、そういう裏事情が漏れ伝わってきたくらいですから、実際は相当ひどかったのではないか」(体協詰め記者)

     メダルには届かなかったものの、世界選手権で善戦した名将・中田久美監督(53)率いるバレーボール女子・日本代表。男子は一次リーグすら突破できない状況で、女子には2年後の東京五輪でも期待ができそうだが、その前に「国際大会でのアドバンテージ」を喪失してしまうかもしれない。
     「バレー中継ではフジテレビが有名です。ジャニーズタレントを起用するフジは、彼らに会場で歌わせ、レポーター役もさせてきた。『試合中に退席しない』という契約のもと、ジャニーズファンで試合会場を埋めつくしてきました。これには賛否両論ありますが、OGや局アナだけの硬派で地味な中継に徹したTBSには華がありませんでした」(同)

     一次予選中は、台風の影響でガラガラの会場もあった。天災は防ぎようがないが、この時点で関係者がザワつき始めたそうだ。
    「国際バレーボール連盟は、'22年以降の大会開催国を競争入札制に変更します。中国、タイなどが名乗りを上げており、人気が低迷する日本は不利です。これまで日本は、開催国だからゴールデンタイム、本会場のみで試合を組んできました。他国開催なら試合時間はバラバラで、会場も地方のドサ周りです」(同)

     “スケバン”の異名もある中田久美監督は、短期間でチームを強化した。しかし、人気回復はド根性だけでは難しいようだ…。

     “女子バレーに人は集まらない”のイメージが定着すれば、東京五輪にも影響する。
    「ケンカできる選手がコートの中に何人いる?」「日本一ではなく世界一を目指す」と言い放った中田監督の苦悩は増すばかりだ。


    (出典 news.nicovideo.jp)


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     プロ野球日本シリーズ(7試合制)は3日、マツダスタジアムで第6戦が行われ、パ・リーグ2位のソフトバンクセ・リーグ3連覇の広島を2-0で破り、4勝1敗1分けとし、2年連続9度目(前身の南海、ダイエー含む)の制覇を遂げた。

     ソフトバンクは四回1死二、三塁から西田がスクイズを決めて先制点を奪った。五回にはグラシアルのソロ本塁打で加点。バンデンハークが6回無失点と好投し、その後は武田らの継投で零封。第3戦からの4連勝で広島を退けた。

     最高殊勲選手には、ソフトバンクの甲斐捕手が選ばれた。 



    (出典 news.nicovideo.jp)


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     25日放送の特別番組『ドラフト緊急生特番!お母さんありがとう プロした親子の壮絶ドキュメント』(TBS系)の内容が物議を醸している。

     TBSは例年通り、午後4時50分からプロ野球ドラフト会議1位名を生放送。その後『Nスタ』を放送し、『お母さんありがとう』を始める。その内容は中居正広会のもと、北海道日本ハムファイターズ名された吉田投手など、それぞれの環境を紹介する内容。

     吉田投手については、八戸学院大学への進学を望むと、プロ入りを希望する同投手とのやりとりを再現ドラマで紹介。母親の助言などもあり、最終的に進学を望むが「折れた」様子を紹介した。

     また、オリックス名された東洋大学中川太選手の話題では、シングルマザー息子として野球に打ち込む姿を取り上げる。こちらも再現ドラマで、プロ入りまでの様子が紹介された。

     これはドラフト名選手だけにはとどまらない。補選手だったHONDA鈴鹿平尾奎太選手も取り上げ、同選手が大阪桐蔭時代に難病を患いながら大学に進み、病気プロ補になるまでの様子を放送。

     さらに、両親も登場し名を待ったが、残念ながらその名を呼ばれることはなし。平尾選手は必死に涙をこらえ前を向いていたが、彼にとっては辛い時間だっただろう。なお、番組出演については、「平尾選手の希望」であるということが、母親の口からられた。

     プロ名されなくとも、難病を社会人野球プレーすることは素晴らしいことで、「そのようなプレーヤーがいる」ということは同じ病気を持つ人に勇気を与えたと思われるが、名され喜ぶ人間がほとんどであるドラフト特番でやる必要があったのかについては、意見が分かれるところだ。

     TBSドラフト特番「お母さんありがとう」は2010年から放送されているが、「感動の押し売り」「特番はいいから2位名以下も放送してほしい」「感動話を探して番組にするのは不愉快」「なぜお父さんにも感謝しないのか」など、 批判的なが常に存在する。

     ただし、一部には「どういう選手かわかる」「感動できるから好き」というも。また、名漏れ選手についても「番組を見ることで社会人野球関係者が高校大学生を採用することがある」「普段あまり日のを見ない社会人野球選手を知ることができる」などのメリットを口にするもある。

     賛否両論ある『ドラフト特番 お母さんありがとう』。批判もある番組に、プロ名選手とはいえ、まだ一般人の人間を出演させ感動ショーにすることは「」にも見えるが、「好きな人」も確実に存在しているようだ。

    画像はイメージです


    (出典 news.nicovideo.jp)


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     社会学者の古市憲寿が、23日放送の『とくダネ!』(フジテレビ系)に出演。
    駅伝そのもののあり方に異議を唱える一幕があった。


     21日に行われたプリンセス駅伝で、岩谷産業の選手が残り約200メートルで走ることができなくなり、四つんばいになりながら次の中継所までアクシデントがあった。この様子を本部でモニターで見ていた監督は、催者側に途中棄権を申し入れたが、審判に伝わった時には中継所まで残り20mほどになっていたため、審判は制止せず選手をゴールさせた。同選手は右脛(けい)折で全治3~4か

     これについて小倉智昭は、岩谷産業駅伝チームが結成されたばかりで、また今回のプリンセス駅伝が、“実業団・女子日本一決定戦”とも言われる「クィーンズ駅伝」の予選を兼ねていることをったうえで、「そうすると、できたばかりの駅伝に参加したチームは、なにがなんでもタスキを渡したいでしょう」と、選手に同情した。

     この後、古市は、「そもそも駅伝ルール自体が気に食わないというか」と切り出すと、小倉は「きましたね!」と期待。ただ山崎アナは不穏そうに「なんですか?」と聞いていたが、彼は「だって一人個人の失敗で、集団が全部失格になっちゃうわけですよね」と投げかけると、続けて「個人の選手生命とかを犠牲にしても良いという考え方が、すごいなんか古臭いなと思っている」と

     そして、「だったらもう、選手が走れなくなったところから、次のバトンをつなけばいいじゃないですか。バトン……タスキっていうんですか」と、次の選手がいる中継所に到着しなくてもタスキを渡せるようにすればいいと提案した。

     だが、これには小倉から「それでは駅伝の意味がない」と忠告され、伊藤利尋アナからも「犠牲にしていいというふうにはおそらくは考えてらっしゃらないと思うんですけど、程度の問題でね……」と、やさしくたしなめられていた。



    (出典 news.nicovideo.jp)


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    チームの「和」を乱す人は罰せられるべきなのだろうか。今年度から小学校で使われはじめた徳の教科書に「集団生活を乱さないことは、個人の考えより重要」とする教材が載っている。教育行政に詳しい寺脇研氏は「この教材は、作者の意図と異なり、『守るべき規範』を押し付けるものになっている」と摘する――。(第1回)

    ※本稿は、寺脇研『危ない「徳教科書」』(宝島社)の一部を再構成したものです。

    ■物議をかもした「星野君の二塁打」

    小学校徳教科書で、もっとも議論の対となったのが6年生の教科書に掲載されている「星野君の二塁打」という教材である。

    原作は児童文学者の吉田甲子太郎1894-1957)。もとは1947年に雑誌『少年』に掲載された作品である。1950年代から小学校国語の教科書に掲載され、また1970年代からは、「徳の時間」(正式教科となる前)の副読本の教材としてもしばしば使われてきた経緯がある。今回、2社の徳教科書に採用された。

    星野君の二塁打

    (打てる、きっと打てるぞ!)

    星野君は、強くバットをにぎり直した。

    かんとく示は、バントだけれど、今は打てそうな気がするんだ。どうしよう……。)

    ピッチャーが第一球を投げ込んできた。星野君は反射的に、思いきりバットをふった。

    バットん中に当たったボールは、ぐうんとのびて、セカンドショートの間をあざやかにぬいた。ヒット! ヒット! 二塁打だ。ヒットを打った星野君は、二塁の上に直立して、思わずガッツポーズをとった。この一打が星野君の所属するチームを勝利に導き、内野球選手権大会出場を決めたのだ。

    その翌日も、チームメンバーは、練習を休まなかった。決められた午後一時に、町のグラウンドに集まって、焼けつくような太陽の下で、かた慣らしのキャッチボールを始めた。

    そこへ、かんとく別府さんが姿を現した、そして、

    「みんな、今日は少し話があるんだ。こっちへ来てくれないか。」

    と言って、大きなかしの木かげであぐらをかいた。

    選手たちは、別府さんの周りに集まり、半円をえがいてすわった。

    「みんな、昨日はよくやってくれたね。おかげで、ぼくらのチームは待望の選手権大会に出場できることになった。本当なら心から、『おめでとう。』と言いたいところだが、ぼくにはどうも、それができないんだ。」

    別府さんの重々しい口調に、選手たちは、ただごとではなさそうなふんいきを感じた。

    別府さんは、ひざの上に横たえたバットを両手でゆっくり回していたが、それを止めて、静かに言葉を続けた。

    「ぼくが、このチームかんとくになる時、君たちは、喜んでぼくをむかえてくれると言った。そこでぼくは、君たちと相談して、チーム約束を決めたんだ。いったん決めた以上は、それを守るのが当然だと思う。そして、試合のときなどに、チーム作戦として決めたことは、絶対に守ってほしいという話もした。君たちは、これにも気持ちよく賛成してくれた。そうしたことを君たちがしっかり守って練習を続けてきたおかげで、ぼくらのチームも、かなりが付いてきたと思っている。だが、昨日ぼくは、どうしても納得できない経験をしたんだ。」

    ここまで聞いた時、星野君はなんとなく

    (これは自分のことかな。)

    と思った。けれども自分がしかられるわけはないと、思い返した。

    (確かにぼくは昨日バントを命じられたのに、バットをふった。それはチーム約束を破ったことになるかもしれない。しかしその結果、ぼくらのチームが勝ったじゃないか。)

    その時別府さんは、ひざの上のバットをコツンと地面に置いた。そしてななめ右前にすわっている星野君の顔を、正面から見た。

    「はっきり言おう。ぼくは、昨日星野君の二塁打が納得できないんだ。バント岩田君を二塁へ送る。これがあの時チームで決めた作戦だった。星野君は不らしかったが、とにかくそれを承知した。いったん承知しておきながら、勝手に打って出た。小さく言えば、ぼくとの約束を破り、大きく言えば、チームの輪を乱したことになるんだ。」

    「だけど、二塁打を打って、このチームを救ったんですから。」

    と、星野君のヒットホームをふんだ岩田君が、助け船を出した。

    「いや、いくら結果がよかったからといって、約束を破ったことに変わりはないんだ。いいか、みんな野球はただ勝てばいいんじゃないんだよ。健康な体を作ると同時に、団体競技として、協同の精を養うためのものなんだ。ぎせいの精の分からない人間は、社会へ出たって、社会をよくすることなんか、とてもできないんだよ。」

    別府さんの口調に熱がこもる。そのほおがくなるにつれ、星野君の顔からは、血の気が引いていった。選手たちは、みんな、頭を深く垂れてしまった。

    星野君はいい選手だ。おしいと思う。しかし、だからといって、ぼくはチーム約束を破り、輪を乱した者を、そのままにしておくわけにはいかない。」

    そこまで聞くと、思わずみんなは顔を上げて、別府さんを見た。星野君だけが、じっとうつむいたまま、石のように動かなかった。

    「ぼくは、今度の大会で星野君の出場を禁じたいと思う。そして、しっかりと反してほしいんだ。そのために、ぼくらは大会で負けるかもしれない。しかし、それはしかたのないことと、思ってもらうよりしようがない。」

    星野君はじっと、なみだをこらえていた。

    別府さんを中心とした少年選手たちの半円は、しばらく、そのまま動かなかった。

    ■「監督の指示は絶対」となるのは明らか

    これが、教科書に収録された「星野君の二塁打」である。監督サインを守らなかった星野君に対し、勝利に貢献したという評価は与えられず、逆に出場禁止という罰を与えられてしまう。

    ある教科書を見ると、この「星野君の二塁打」というタイトルの横には「チームの一員として」というキャッチが添えられており、さらに上部には「よりよい学校生活、集団生活の充実」という表記がある。

    これは、学習導要領に掲げられた小学校高学年用の項名そのもので、その導内容である「先生学校の人々を敬愛し、みんなで協し合ってよりよい学級や学校をつくるとともに、様々な集団の中での自分の役割を自覚して集団生活の充実に努めること」を教えるために、この「星野君の二塁打」の話を入れましたよ、ということをわざわざ念押ししているのだ。

    これを前提に子どもたちに議論させたならば、どういうことが起きるか。「星野君は間違った。悪いことをした」「監督示は絶対。それを守らなかった星野君が悪い」という意見が圧倒的に多くなるのは明らかだ。

    ■監督の指示に忠実だった日大アメフト部

    しかし、それは一方で「結論の押し付け」でもある。たとえ監督示が明らかに間違っていると思ったときでも、100%示を守らなければいけないのか。あるいは、たとえ示に反した行動を取ったとしても、それによってペナルティを与えられるべきなのか。

    そうした議論はあっていいはずだが、この「星野君の二塁打」の話からはそうした議論の発展が生まれにくく、「集団生活を乱さないことは個人の考えより重要」という結論しか見えてこない。

    2018年日本大学アメフト部の宮川泰介選手が、監督示されたとおり、相手選手に悪質なタックルを仕掛け、大きく報道された一件があった。タックルで相手を潰しケガをさせなければ、自分は試合に出させてもらえないという葛のなかで、宮川選手は相手に反則タックルを仕掛けた。

    果たして、監督示を忠実に守った宮川選手はいけないことをしたのか、もしそうだとしたら何がいけなかったのか、自分だったら監督示を拒否することはできるか――この「宮川君のタックル」の実話のほうが、「星野君の二塁打」よりよほど、「集団の中での自分の役割」を考え議論する材料に適しているように思う。

    ■星野君は命令に背いて、甲子園に出場停止となった

    もともと、この「星野君の二塁打」は、徳の教材のために書かれたものではない。日本国憲法布され、教育基本法が施行された1947年にこの物語を発表した原作者は、野球の話を通じ、民主主義的な態度というものは何か、あるいはスポーツの精というものについて考えてほしかったのではないだろうか。

    掲載誌の『少年』は1946年創刊の少年向け娯楽読み物雑誌であり、江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズを看にしていた。

    また、原作は「甲子園の全中等学校野球大会」、つまりいまの全高等学校野球大会の地区予選決勝の話であり、星野君は「次の試合」でなく甲子園に出場停止となるのだ。当時の中等学校はいまの高校、つまり高校生の陥る葛の話を、あたかも自分のこととして小学校6年生に考えさせている。

    しかも、これが徳の教科書に使用されると、話の結末が、生きるうえでの守るべき規範という形で押し付けられることにつながりやすく、作者の意図とは違ったところで「監督示にはいかなるものでも絶対に従わなければならない」という全体主義的な結論が導かれかねない。

    確かに野球の試合の場合にはそうかもしれないが、もっと広げて考えれば、人生のいかなる場合にも、上からの命令に従い続けるべきだろうか。命令や組織の「和」と称される暗黙の決まりが、必ずしも正しいとは限らない場合もある。この「星野君の二塁打」で、そうした広い議論ができるかどうかといえば、それは大いに疑問だ。

    ■教科書でカットされたシーン

    教科書に掲載されている「星野君の二塁打」の話は、いまの高校野球に相当する中等学校野球小学生少年野球にされているのをはじめ、原作を教科書用に都合よく編集してある。原作では、星野君が打席に立っている間の描写が細かく、彼の内心の葛が細かく表現してある。星野君は、決して安易に「ヒッティング」の判断をしたわけではない。

    また原作では、監督が試合翌日に星野君に対する批判を始める前、キャプテン大川君を呼びこんなやりとりを交わしている。(一部現代仮名づかいに変更)

    「ぼくが、監督に就任するときに、君たちに話した言葉は、みんなおぼえていてくれるだろうな。ぼくは、君たちがぼくを監督として迎えることに賛成なら就任してもいい。校長からたのまれたというだけのことではいやだ。そうだったろう。大川君。」
    大川は、先生を見て強く、うなづいた。
    「そのとき、諸君は喜んで、ぼくを迎えてくれるといった。そこで、ぼくは野球部の規則は諸君と相談してきめる、しかし、一たんきめた以上は厳重にまもってもらうことにする。また、試合のときなどに、ティームの作戦としてきめたことは、これに従してもらわなければならないという話もした。諸君は、これにも快く賛成してくれた。その後、ぼくは気もちよく、諸君と練習をつづけてきて、どうやら、ぼくらの野球部も、少しずつがついてきたと思ってる。だが、きのう、ぼくはおもしろくない経験をしたのだ。」

    教科書では薄められているが、監督校長からの依頼だけでは引き受けなかった、部員の了承を条件に就任を決めた、という経緯が書いてある。作者メッセージは、監督が出したバントサインを守らなかったことの是非ではなく「みんなで決めたことは守っていこう」という「民主主義の原理」だったのではないか。

    ■原作とは違う「後味悪い幕切れ」

    また、これも教科書には掲載されていないが、原作の最後の部分にはこうある。

    「ぼくは、星野君の甲子園出場を禁じたいと思う。当分、謹慎していてもらいたいのだ。そのために、ぼくら甲子園の第一予選で負けることになるかも知れない。しかし、それはやむを得ないこととあきらめてもらうより仕方がないのだ。」
    星野はじっと涙をこらえていた。いちいち先生のいうとおりだ。かれは、これまで、自分がいい気になって、世の中に甘えていたことを、しみじみ感じた。
    星野君、異存はあるまいな。」
    よびかけられるといっしょに、星野は涙でったをあげて強く答えた。
    「異存ありません。」

    ここで星野君は監督の「処分」を受け入れ、自分なりの態度をはっきりと表明している。教科書の、後味悪い幕切れとは大違いだ。作者はここで星野君が間違っていたことを念押ししたかったわけではなく、摯に反ができる人間の強さと美しさを伝えたかったのであろう。しかし、教科書ではこうしたシーンカットされているため、示に従わなかった星野君が救いのない形で描かれ、結果として「監督に言われたことは守ろう」といった方向になりがちである。

    ■「犠牲の精神」がなければ社会へ出てもダメ?

    さらにもうひとつ摘したい重大な問題は、この話のなかに出てくる「犠牲」という言葉に関してである。「犠牲」とは、もともとげる「いけにえ」のことであり、小学生には極めて難しい意味合いを持つ。

    この部分については原作にも、監督セリフで「ギセイの精のわからない人間は、社会へ出たって社会を益することはできはしないぞ」とあり、これが教科書では「ぎせいの精の分からない人間は、社会へ出たって、社会をよくすることなんか、とてもできないんだよ。」となっている。

    300万人以上の日本人とその何倍ものアジアの人々が犠牲になった戦争からたった2年後に書かれた原作のこのセリフには、大いに疑問を感じる。

    「集団のための犠牲」というと、満州からの引き揚げに際し、お年寄りや子どもを含む集団の安全を守るため、因果を含めたうえで未婚のたちをソ連兵に差し出した悲惨な実話「差し出されたたち」など枚挙にいとまがない。

    「ギセイ」とわざわざ片仮名で書いたあたりに作者のわずかばかりの逡巡は匂うものの、戦争を反人権尊重をうたう日本国憲法が施行された直後に発表された作品とは思えない神経さだ。

    こんなセリフを、そのまま現在の教科書に使っていいはずはない。すでに「犠牲バント」という言葉が消え、単に「バント」あるいは「送りバント」と呼ばれるようになって久しい現代において、「犠牲の精」がなければ社会へ出てもダメだと決め付けるようなもの言いは時代錯誤だ。ちなみに、もう1社の教科書では「犠牲」の部分は使われていない。この話をこんな形で徳の教科書に使うのは不適切ではないだろうか。

    そうした例は、この「星野君の二塁打」ばかりではない。(続く)

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    (てらわき・けん)
    京都造形芸術大学 客員教授
    1952年生まれ。東京大学法学部卒業後、75年文部(現・文部科学省)入92年文部初等中等教育職業教育課長93広島県教育委員会教育長、1997年文部生涯学習局生涯学習振課長2001年文部科学省大臣官房審議官、02年文化庁文化部長。06年文部科学省退官。著書に『国家教育支配がすすむ』(社)、『文部科学省』(中新書ラクレ)、『これからの日本、これからの教育』(前川平氏との共著、ちくま新書)ほか多数。

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    ※写真はイメージです(写真=時事通信フォト)


    (出典 news.nicovideo.jp)


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