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    カテゴリ: > 中国


     急激な経済発展を遂げている中国では、凄まじい勢いで街の様子が変化している。日本との経済格差も小さくなっているため、近年では日本で生活していた中国人が帰国を選択する人も増えているようだ。中国メディアの今日頭条は20日、「日本在住の中国人が日本を離れている」という主題の記事を掲載し、「中国国内で生活したほうが良い」と伝えている。

     記事はまず、数年前の中国は人々の民度が高くなく、留学や仕事で海外への移住を希望する人が多かったとしながらも、近年は多くの中国人が帰国を選んでいると紹介。実際は在留中国人の数は年々増えているため、留学や仕事のために日本に住む中国人が増える一方で、古くから日本で暮らしていた中国人が帰国するという入れ替えが進んでいるのかもしれない。では、どのような理由から、中国人は帰国するようになっているのだろうか。

     記事はまず、「食」を挙げている。日本は狭い島国であるゆえ、食料を輸入に頼っていることや、中国人からすると日本料理の味は単一で幅がないと主張し、味や料理の種類が豊富な中華料理に慣れた中国人からすると「物足りなさ」を感じると主張。また、日本では飲食店も比較的早い時間に閉まってしまうことや、デリバリーサービスが中国ほど充実していないことを挙げた。

     次に、「居住環境」を紹介。日本の土地は高額であるゆえ、多くの人は「狭い家を高額の料金を支払って借りなければいけない」と伝え、賃貸住宅は遮音効果も悪く、少しでも大きな声を出すと近所の人から苦情を言われてしまうとしている。さらに、ゴミを分別して捨てなければならないことは非常に良いことだが、「面倒くさい」と主張した。

     記事は指摘していないが、海外で生活していた中国人のなかに帰国を選ぶ人が増えているとすれば、それは中国経済の発展が最大の要因ではないだろうか。わざわざ海外に出なくても自国で良い暮らしができる環境になったというのが大きいはずだ。

     また、記事が指摘している飲食店の営業時間だが、中国では街にもよるが深夜・早朝まで営業している店は数多く存在する。また、デリバリーサービスが非常に流行していて、家やオフィスに居ながら様々な料理や軽食、ジュース一杯ですら配達してもらえるので楽といえば楽だ。さらに、ゴミはいつ何を出しても誰にも文句を言われないため、中国人からすれば中国国内の方が暮らしやすいということなのだろう。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)

    日本からの帰国を選択する中国人が増加中? それはなぜ? =中国メディア


    (出典 news.nicovideo.jp)


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     中国メディア・東方網は17日、「日本へ旅行しに行ったが、食事がとても苦痛だった」とする記事を掲載した。日本の食べ物はしばしばネット上では美食というくくりで紹介されるが、この記事の作者は食べ物ではなく、食べる時の「体勢」が苦しかったようである。

     記事は、「近年、国外旅行をする人がますます増えている。ある統計によれば、中でも昨年アジアにおいて中国人観光客の間で最も評判が高かった国は日本だったという。現地人の高いモラル、街の清潔さといった点が、多くの中国人観光客に深い印象を残しているようだ」と紹介した。

     そのうえで、国が異なれば文化的な差異に伴う不慣れな点が生じてくるものであると指摘。顕著なのは食に関する習慣だとし、「われわれ中国では普段、食事を比較的自由かつ気楽なスタイルで取り、特にこれといったルールマナーに縛られることはない。しかし、日本では、日常であっても仕事の席であっても、食事の際にはしきたり感を保たなければならないのだ」としている。

     そして、日本人は食事をとる時の姿勢に対する要求が厳しいと指摘。特に畳の上でご飯を食べる時には靴を脱いで上がるのは言うまでもなく、正座をして食べる必要があるが、この姿勢が非常に疲れるのだとした。「中国人観光客は厳密に日本の食事マナーを守る必要はないというが、それでも畳の上に置かれた机の高さは非常に低い。立膝をしたりしゃがんだりしないと合わないのだ」と説明した。

     さらに、「奇怪なのは座る姿勢だけでなく、食事の料理もそうだ」とし、大皿料理が中心の中国に比べると、日本の食事で出てくるおかずの量はとても少なく、まさに「量より質」が体現されていると紹介。大量に食べることに慣れた中国人にとっては、到底足りる量ではないのだと伝えている。

     食事の際には確かに、極端な猫背にならない、机に肘を突きながら食べないといった姿勢が最低限の身だしなみといった印象が日本にはある。一方、中国では食事の姿勢は特に気にしないことが多く、彼らが「日本式に食事をしようとすると疲れる」とため息をつくのも、理解に難くはない。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)

    日本の食べ物はおいしいが、日本式に食べようとするとかなり疲れる=中国メディア


    (出典 news.nicovideo.jp)


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    世界平和を維持する中国の軍隊」展が現地時間11日、ニューヨークの国連本部で開幕した。真実を感じられる多数の写真、説明、映像によって、世界平和を維持する中国軍の感動的なストーリーを生き生きと語り、中国軍人の平和への熱愛と責任感をありのままに記録し、中国軍の世界への誠意と善意を反映している。(文:王新俊・軍事科学院戦争研究院戦略研究所研究員。人民日報海外版コラム「望海楼」掲載)
    現在、世界の安全保障情勢は深く複雑な変化に直面し、世界平和は厳しい試練を受けている。ポピュリズムと極端な保守勢力が覇権主義と強権政治へと突き進み、世界各地に新たな緊張と動揺をもたらしている。米国はイラン核合意離脱によって中東情勢に再び波瀾を起こし、最近も中距離核戦力(INF)全廃条約からの離脱手続きの開始を宣言したうえ、ベネズエラの政局に武力干渉すると公然と言い放つなどしている。平和を呼びかけ、切望する声が世界各国で高まっている。
    中国共産党の第18回党大会以来、中国は自らの合法的権益の断固たる維持を地域及び世界の平和・安定の維持と緊密に結びつけ、中華民族の偉大な復興を人類運命共同体の構築推進と緊密に結びつけるべく尽力してきた。中国軍は実際の行動によって、習近平国家主席の新型の国際関係と人類運命共同体の構築推進、「一帯一路」建設の推進に関するイニシアティブ、及び「共通の、総合的、協調的、持続可能な新安全保障観」の確立という提案に積極的に呼応し、独立自主の平和外交政策及び防御的国防政策の指導の下、世界平和の維持にさらに多くの公共財を提供してきた。
    中国軍は国連主導の国際平和維持活動(PKO)に積極的に参加している。現時点で中国は国連安保理の5つの常任理事国の中で平和維持軍事要員を最も多く派遣しており、PKO予算の分担額でも2位だ。1990年4月に初めて国連停戦監視機構に軍事監視要員5人を派遣して以来、中国軍は平和維持要員の無から有へ、兵力規模の小から大へ、部隊種別の単一から多様への歴史的飛躍を実現した。中国はすでに平和維持軍事要員を延べ3万7000人余り派遣し、道路1万6000キロメートル余りを修復し、地雷及び各種不発弾等9800発余りを除去した。延べ20万人以上の患者を診察した。各種物資・器財135万トンを輸送し、輸送総距離は1300万キロメートルに達した。現時点で中国軍は計2500人余りの将兵が国連の7つのミッション地域及び国連平和維持活動局でPKO任務を遂行している。PKO任務遂行中に命を落とした軍人は17人に上る。PKOを支える中国の役割は世界が一致して認め、積極的に評価している。
    中国軍は国際戦略航路の護衛や人道救援活動を積極的に担っている。2008年12月の第1次護衛艦隊から現在の第31次護衛艦隊までに、中国海軍は艦艇延べ100隻、ヘリコプター延べ67機、将兵延べ2万6000人余りを派遣して護衛任務を遂行し、計1198回の護衛活動で各国の船舶計6600隻余りを護衛し、危険に遭遇した船舶70隻余りを救助・護送するなどした。2014年3月、中国の護衛艦隊は3500カイリ余りを航行して、マレーシア航空370便の合同捜索に参加した。2015年春、中国の護衛艦隊は戦火の飛び交うイエメンへ向かい、中国同胞683人と15カ国の国民279人を無事避難させた。中国海軍護衛艦隊は過去10年間、人道的国際救援活動の1つ1つを成し遂げてきた。
    中国軍は各国の人々に貢献する方法を常に探っている。中国海軍の病院船「平和の方舟」は就役から10年で7回出国し、累計23万カイリ余りを航行し、アジアアフリカ、中南米43カ国を友好訪問し、23万人に医療サービスを提供してきた。中国―ラオス間の「平和の列車」も各国の人々に貢献する新たな方法を探っている。
    中国の軍人は平和を愛する世界の軍と共に、人類の平和事業のために一層貢献することを望んでいる。(提供/人民網日本語版・編集NA)

    「世界平和を維持する中国の軍隊」展が現地時間11日、ニューヨークの国連本部で開幕した。写真は中国軍機。


    (出典 news.nicovideo.jp)


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    2019年2月3日、中国のポータルサイト・網易にこのほど、ある観光客が日本の神社で見つけたという絵馬を紹介する文章が掲載された。
    日本政府観光局(JNTO)によると、昨年の訪日中国人客数は838万100人に達し、前年から13.9%もの伸びを示した。「日本には美しい風景だけでなく、民族的色彩を持つ文化が根強く残されている」とする文章は、多くの中国人が日本を「旅行の聖地」と考えていると指摘。神社参拝を中国人は「とても日本的」と考えていること、多くの中国人観光客が日本で神社に足を運んでいることを説明した上で、「中国語で書かれた、見たら言葉をなくしてしまうような絵馬」があったことを伝えた。
    掲載された写真を見てみると、そこには「髪がもっと増えますように」「ふさふさ、黒々に!」という意味の願い事が―。文章は「中国の廟ではないから、多くの中国人はそれほど真剣にお願いしていない。だから絵馬に書かれた中国語は冗談めかしたものが多い」と述べており、「恐らく中国ならこのような願い事を書く人はいないだろう」とも付け加えている。(翻訳・編集/野谷

    3日、中国のポータルサイト・網易にこのほど、ある観光客が日本の神社で見つけたという絵馬を紹介する文章が掲載された。資料写真。


    (出典 news.nicovideo.jp)


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    2019年1月29日、観察者網によると、復旦大学の教授が「日本人モラルが中国より高いのは、日本が中国から圧搾して資金を得て発展したからだ」との持論を展開した。
    記事は、28日夜に中国のテレビ局・東方衛星テレビで放送された番組内で、復旦大学中国研究院の張維為(ジャンウェイウェイ)院長が語った内容を紹介。張院長はまず「ある若者が『中国は物質的には大きな成果を生んだが、市民のモラルがまだ高くない、特に日本と比べて低い』と言ってきた。しかし私は、日本の近代化における最初の蓄積、そのための資金をどうやって手に入れたかを忘れてはいけないと思う」とした。
    そして、「19世紀後半に明治維新に成功した日本は列強の仲間入りをして中国と日清戦争を起こし、中国を負かして当時の中国政府の財政収入3年分に当たる巨額の賠償金を得た」と説明。「日本はこの賠償金を用いてさらなる発展を遂げ、1900年には基本的に文盲がいなくなったのだ」と解説した。
    その上で、「現在世界一の経済大国である米国が3年分の財政収入を中国に与えて中国を発展させ、市民の民度を改善させてくれたなら、100年後にはきっと世界で最高のモラルを持つ市民になっていることだろう。もちろんこれは仮説だが、そういうことなのだ」と説明している。
    張氏は「日本は近代化の原始段階、さらにはその後の発展過程において、中国人からどれほどの血と汗、資金、資源を搾取し、どれほどの中国人の命を傷つけてきたことか。それは筆舌に尽くしがたいものがある。一方、外敵の侵略を受け、資金が外部に流れ出した中国は衰退の道を進んだ。1900年に8カ国連合軍が攻めてきた時には、さらに巨額の賠償金の支払いを迫られた。これにより、中国は真の『東亜の病夫』になってしまったのだ」と主張した。(翻訳・編集/川尻

    29日、観察者網によると、復旦大学の教授が「日本人のモラルが中国より高いのは、日本が中国から圧搾して資金を得て発展したからだ」との持論を展開した。資料写真。


    (出典 news.nicovideo.jp)


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    【「日本人の素養が高いのは中国から圧搾して発展したから」=復旦大学教授がテレビ番組で主張―中国メディア】の続きを読む


     中国の急速な経済発展に伴って都市部の生活環境は大きく変化し、人びとの意識にも影響を与えている。中国人は民度向上の必要性を認識するようになってきたが、中国メディアの捜狐は8日、日中の教育方法を比較し、「日本では中国のような愛国教育が一切行われていないことが日本人の民度の高さにつながっているのか」と疑問を投げかける記事を掲載した。

     記事は、今や中国人の間で日本人の民度の高さは「周知の事実」となっていると指摘。そして、注目すべきは「日本の教育現場では中国のような愛国教育をしない、『非愛国主義教育』がなされていること」だと主張した。ここで指摘した「非愛国主義教育」とは、子どもたちに「政治的な思想を教え込んだり、『国のために』、『愛国』といった言葉を一切使用せずに教育を行うこと」だと説明した。

     中国の教育は「愛国が中心」にある愛国主義教育であり、日本とは全く異なるものだと言える。中国では愛国心を基盤として、道義的な教育を行なうゆえに、「日本はそれをせずに、どのようにして国民に道義を教えているのか」と素朴な疑問が湧くという。

     続けて、日本の教育について説明し、子どもたちに国家や民族主義について理解させる前にまず、「自分達が生活している社会や環境について理解させる教育」を行うと指摘。具体的には、自分たちの出したゴミの回収、処理の過程について、また環境についても植林活動とその目的などを見学や体験を通じて学ばせることで、子どもたちは「世界で最も自分の住む環境と、地域を愛するようになってゆく」と主張した。これが自主的な行動につながり、結果的に愛国教育となっているのだと紹介した。

     現在の中国では環境汚染問題が深刻化しているが、企業に対する規制を強める一方で、個人の環境保護に対する意識を高めることはなかなか難しい課題となっている。国や地域ごとに教育制度は異なり、重視する部分や方法も異なるが、中国とは全く異なる日本の教育とその成果には、考えさせれるものがあったようだ。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)

    愛国教育を行っていない日本、「どうやって民度の高さを実現しているの?」=中国メディア


    (出典 news.nicovideo.jp)


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     中国江蘇省の「南京大虐殺記念館」が2017年12月14日リニューアルを終えて一般公開を始めた。

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     しかし、産経新聞の河崎真澄記者の報道(2017.12.15)によると、「南京大虐殺の史実を世界に周知させた」として顕彰された朝日新聞の本多勝一元記者らの写真と資料が撤去されていたことが分かったという。

     河崎記者は日本軍朝鮮半島で女性を強制連行したとする吉田清治氏(故人)の証言報道が「虚偽だった」と朝日新聞が認めたことなどから、同紙の過去の報道の信頼性に疑念をもたれる恐れがあると判断した可能性があるとしている。

     一方、習近平主席が2015年の公式訪英時、エリザベス女王主催の晩餐会で「日本侵略者の暴行を暴く記事を発表した」などと英国人記者を称賛して中英の友情物語として紹介したことがある。

     ところが、岡部伸(産経新聞ロンドン支局長)氏の調査で件の記者は南京に行っていなかったことが判明した。筆者はこの失態の影響もあるのではないかと思料している。

     嘘は大きければ大きいほど愛国心が強い証とされた「愛国虚言」ゆえか、本多氏のルポルタージュ「中国の旅」(1971年)以来、「南京大虐殺」は拡大の一途をたどり独り歩きしてきたが、展示品の撤去や事実を確認しない虚偽の紹介は、矛盾の露呈ではないだろうか。

    そもそも「南京事件」とは何か

     支那事変日中戦争、日華事変とも呼称)は、北京近傍の盧溝橋事件(1937年7月7日)で始まり、3週間後の29日には日本人居住地を守っていた中国の守備隊が反乱を起こし、250人余の猟奇的殺害、処刑を行う通州事件が起きる。8月9日には上海に拡大した。

     「中国に深入りするのは泥沼に踏み込むようなものだ」と不拡大を主張していた参謀本部の第1部長石原莞爾少将や慎重論の米内光政海相も堪忍袋の緒を切らし、作戦を限定する方針のもとに上海への出兵に同意する。

     9月にかけて2個師団強(第3・第9師団、1個支隊)が松井石根大将を総司令官とする上海派遣軍として派遣された。

     他方、蒋介石の中国側はドイツから招いた将軍の指導下にチェコ機関銃を配備するトーチカを構築して、75個師団(約75万人)の大兵力を布陣していた。

     日本側は苦戦を強いられ、11月には予備役まで招集した第10軍(第6・第101師団、1個支隊)を増派、北支から第16師団も転用して上海派遣軍に編入し、中支那方面軍(司令官松井大将)を編成した。

     5個師団基幹でも総兵力は約7万人で、国民党軍の10分の1以下でしかなかった。

     蒋介石は住民を盾にする戦術を採り、住民を巻き添えにしたくない日本軍は至る所で思わぬ抵抗を受け、20キロを進むのに1か月余を要した。

     その後の南京までの三百数十キロの追撃が30日であったことからも、上海戦の激烈さが分かる。

     日本軍が南京攻略戦を開始したのは12月8日である。蒋介石は前日に南京を脱出する。

     松井方面軍司令官は9日1600に翌日正午までの停戦命令を出し降伏を勧告するが返答なく、10日1300に攻撃を再開した。

     日本軍の攻城に耐え切れず南京防衛軍司令長官の唐生智が12日夜脱出すると、13日早朝に南京は落城する。その後城内の掃討戦を行い、17日に松井司令官を先頭に入城式を行う。

     日本軍の意向もあって、12月23日には早くも南京市自治委員会が成立し、翌1938年1月1日を期して発会式を挙行している。

     城壁上に上がった陶錫三会長は城下に集う民衆に対して「ここに敵の主都は甦生へのスタートを切った」と宣言する(「アサヒグラフ」昭和13年1月26日)。

     「南京事件」と言われたものは、米人宣教師たちが後々の布教のために、「城内における日本軍の暴行」をでっち上げ、国際世論や南京市民の支持を得るプロパガンダであったとされる。

     従って、城内の暴行報告は日本軍の南京入城(12月13日)から翌38年2月上旬までの約6週間であった。

     しかし、この間の暴行報告を見ても強姦、掠奪、放火などで数も多くなく、虐殺と思われるような事象は見られない。

     事実、南京戦以前は100万人いた市民の多くは戦火の拡大と共に脱出した。

     残った20万人もドイツジョン・ラーベを長とする国際委員会が設定した安全地帯(安全区や難民区などの呼称もあり、皇居前広場の約4倍)に収容され、安全区外の城内にいる市民はほとんどいない状況であった。

     しかも、城内の人口は日本軍の入城後も減ることはなく、2月頃は25万人と推定されるまでになっていた。

     この時点で南京市民虐殺30万人説は成り立たず、「南京大虐殺」の虚構は崩れ去る。

     しかし、大虐殺は「あった」派は満足せず、何時しか上海戦から南京攻略に至るまでとしたり、南京攻略戦以降の数か月にわたる期間などとするように変化させていく。

     また、歴史家で「日本『南京』学会」理事でもある冨澤繁信氏は、大虐殺の出発点となった6週間内の「南京安全地帯の記録」を丁寧に翻訳・研究し、安全地帯の記録で「兵士」と書かれているのを一方的に「日本軍兵士」とする恣意的誤訳などを指摘している。

    本多氏『中国の旅』での記述

     日本軍が南京に近づく状況を本多氏の『中国の旅』は、「ここに至るまでに、すでに膨大な数の住民が殺されています」と書いている。

     日本軍が入城すると、10万人以上いた蒋介石軍の高級将校は家族を連れ、また主な将校らも北側の2つの門から逃げ出し、門を閉め外から錠をおろして遮断する。

     そこに大衆が押し寄せると、「日本軍機関銃・小銃・手榴弾などを乱射した。飢えた軍用犬も放たれ、餌として食うために中国人を襲った。二つの門に通ずる・・・大通りは、死体と血におおわれて地獄の道と化した」。

     日本軍は「二つの門を突破して、南京城外へくりだした。長江ぞいに下流(北東)へ、・・・と虐殺をすすめ、さらに南京城北7キロの燕子磯では10万人に及ぶ住民を川辺の砂原に追い出しておいて、機関銃で皆殺しにした。・・・このときまでに、南京城内も合せて約20万人が殺されたとみられている」と記している。

     本多氏に語る姜根福氏は「アヒルがたくさん浮いているかのように、長江の水面をたくさんの死体が流れていた光景が、今でもはっきりとまぶたに浮かびます」と語る。

     続けて、「虐殺は大規模なものから一人、二人の単位まで、南京周辺のあらゆる場所で行なわれ、日本兵に見つかった婦女子は片端から強姦を受けた。紫金山でも2000人が生き埋めにされている。こうして歴史上まれに見る惨劇が翌年二月上旬まで2カ月ほどつづけられ、約30万人が殺された」と語るのである。

     このわずかな引用でも異常な殺し方が見られるが、姜が伍長徳さんから聞いた話として次のような記述がある。

     「(日本兵は)逮捕した青年たちの両手足首を針金で一つにしばり、高圧線の電線にコウモリのように何人もぶらさげた」

     「・・・下で火をたき、火あぶりにして殺した。集めておいて工業用硝酸をぶっかけることもある。苦しさに七転八倒した死体の群れは、他人の皮膚と自分の皮膚が入れかわったり、骨と皮が離れたりしていた」

     「(化学工場では)強制連行に反対した労働者が、その場で腹をたち割られ、心臓と肝臓を抜きとられた。日本兵はあとで煮て食った」

     残酷な殺し方が出てくるが、日本人にはなじめない方法ばかりである。

     中国の古典『資治通鑑』にはこうした殺し方が記述されていると言われ、正しくこれらは中国4000年の歴史でしかないようだ。

     なお、南京は幾度も事変に見舞われ、その度にこうした殺戮が繰り返された都市でもある。

    ごまかしに終わった藤岡氏との誌上討論

     「週刊文春」(2014.9.4号)が「朝日新聞 売国のDNA」で、「本多氏は事実とかけ離れた『南京大虐殺30万人説』を流布させた人物だ」として、上述の「歴史上まれに見る惨劇・・・」を引用したうえで、藤岡信勝拓殖大学客員教授の「この記事は本多氏が中国共産党の案内で取材し、裏付けもなく執筆したもので、犠牲者30万人などは、まったくのデタラメです」とのコメントをつけていた。

     このコメントに対し、「週刊金曜日」編集部から「週刊文春」編集部に「公開質問状」が届く。

     両者の意を受けた両編集部が相談した結果、誌上での公開討論を5回行うことになるが、藤岡氏の第1信に対する本多氏側の「週刊金曜日」からは本多氏とA記者が対談する変則的な形の第1信が届く。

     これでは2対1の討論で、しかも討論相手の本多氏の発言は10%位(全5信の文字数6000字中の比率)でしかないという。

     藤岡氏が「本多氏との誌上討論には同意したが、正体不明の『A記者』なるものと討論することを承諾した事実はない」から「心底驚き、呆れた」「卑怯であり卑劣である」「責任逃れ」だと詰るのも頷ける。

     平行線というか不毛に終わったように、日中間の最大の歴史戦は南京事件である。

     当時、南京に派遣された特派員は朝日新聞約80人、東京日日(現・毎日)新聞約70人、同盟通信社約50人など、総計200人超とみられ、また「アサヒグラフ」などの写真報道も盛んに行われた。

     こうした資料が「南京事件」を全くと言っていいほど扱っていないのは、そもそも事件は「なかった」という最大の傍証ではないだろうか。

     筆者がJBpress『欺瞞にみちた創作か、本多勝一氏の「中国の旅」―「柳条湖」をルポルタージュで「柳条溝」とした顛末から読み解く』に見たと同じく、当時の史料や関係者の発言などよりも中国側が長年にわたってシナリオを練り脚色した言説を信じるという「本多ルポルタージュの破産」(殿岡昭郎氏)ではないだろうか。

    記者たちは真実の報道を怠ったのか

     南京城を陥落させるまでの数日間は城外で激戦が続くが、入城後に市民を虐殺したという報道はほとんどない。

     20万人と言われた市民のほぼ全員が安全区に避難し、安全区以外の城内外にいたのは中国の兵士だけであったとみられているからである。

     石川達三など一部の作家が日本兵士の悪逆非道ぶりを見たように東京裁判前に新聞に書いたが、後に「大殺戮の痕跡は一片も見ておりません。・・・(自分が以前書いた)あの話は私は今も信じてはおりません」と否定している。

     当時の各新聞やアサヒグラフ、支那事変画報(朝日版、毎日版)などが報道している内容は、平和な日常が返ってきたという印象の記事や写真がほとんどである。

     しかし、8年後の南京裁判と東京裁判で、突如として20万とも30万とも言われる虐殺を日本軍がやったとして被告席に立たされる。

     戦闘に関わった万を数える将兵や当時現地で取材したほとんどの記者たちも、初めて聞く話に驚き、狐につまされた感じであったと述べている。

     前述の通州事件はたった1日の出来事で、記者らしい記者もいなかったが、翌日からは各紙が報道した。

     一方、6週間にもわたった南京戦では200人を超す内外記者・カメラマン、作家・画家、内外の外交官などが居合わせながら、誰一人として「虐殺」など語らなかったのだ。

     松井石根・中支那方面軍司令官は入城に先立ち9日、唐生智・南京防衛司令官あてに降伏の勧告を行っている。

     主旨は南京には歴史遺産が多くあり破壊するに忍びないし、また罪のない民衆が傷つくおそれがあるので南京を開放せよというものであった。

     しかし、指定時刻になっても南京城からは何の反応もなく、勧告を無視したので攻撃命令が発せられた。日本軍は激しい攻城戦を繰り広げながら包囲網を確実に狭めていった。

     南京を逃れて重慶に政府を移転した蒋介石さえ、内外への宣伝と支援要請のため開いた300回もの記者会見で「虐殺」には言及していない。

     のちに政権を取る毛沢東も「自分が政権を取れたのは皇軍のお蔭」とは述べるが、虐殺非難など一切しなかった。

     「虐殺」ほど世界を驚かし、同情を誘い支援要請に好都合な宣伝であろうに、「一切しなかった」、いや「できなかった」のはなぜか。答えは言うまでもないであろう。

    暴虐を働いたのは支那兵だった

     1937~38年の日中戦争当時、蒋介石国民党軍の行動を実見した米国人ジャーナリストのフレデリック V. ウイリアムズは、『中国の戦争宣伝の内幕 日中戦争の真実』(田中秀雄訳)で、蒋介石国民党が米国を巻き込んで、残虐極まる中国軍を糊塗して、悪逆非道の日本軍とするプロパガンダ大戦略を練り展開する状況を記している。

     本多氏の「中国の旅」は、中国にとっては「飛んで火にいる夏の虫」を捕えた場外延長戦ではなかったのだろうか。

     宣伝に長けた中国共産党プロパガンダで、仕組まれた成果は「南京大虐殺記念館」の建設(1985年)にも繋がっていったのであろう。

     大阪朝日新聞(12年12月10日付)は、「負傷兵締め出し」「非人道極まる支那軍」の見出しで、ニューヨークタイムス南京特派員の9日の報道を転載している。

     日本軍に圧迫されつつある支那兵が化学戦研究所や金陵公園内の政府要路の大人たちの広大美麗な邸宅に放火しているというのである。

     同時に、中国人負傷兵が城内に入って中国軍から手当てを受けるのを締め出すために門を閉ざしたと伝える。

     それどころか、城内で治療を受けていた負傷者までが城外に追い出され、自力で城壁を迂回して揚子江へ出るか、野垂れ死にする以外にない状況に置かれたとの報道である。

     日本軍との城外での熾烈な戦闘の一方で、支那軍自身が自国民や負傷兵士を手当てするどころか、死に至らしめている状況を作り出していたのである。

     同紙はまた、「狂ふ支那軍の大破壊」「外人の軍事専門家呆れる」の見出しも掲げ、中立国の軍事専門家がニューヨークタイムス南京特派員に語ったことを報道している。

     それによると、「日本軍の空襲砲撃の与えた損害は殆んど軍事施設に限られてをり、これを全部合わせてもなほ支那軍自身の手によってなされた破壊の十分の一にもたらぬであろう」というのである。

     「支那軍は退却に当たり、不毛の原野や残煙立ち昇る廃墟を後に残して、これを日本軍に占領させた方が、ただ空しく退却するよりは、彼らの威信を高めるものだと信じてゐる」からだという。

     そして「今や日本軍の進撃を前に奥地に殺到する避難民は数百万に達してゐるが、支那政府が彼らを救済しようとしても何事もなしえぬ今日、彼らは如何にこの冬の衣食住を得んとするか、これは想像に余りあるものがあらう」とも述べる。

     日本軍の手の届かないところで、南京市民や負傷兵たちがほかならぬ中国軍によって死に追いやられている状況を遺憾なく示していたのである。

     このように、中国政府や中国軍は、市民たちをあっさり棄民として見捨て、われ先にと安全なところに逃げて行った。

     日本軍が入城した時に見た死体などの光景は、中国軍が自国の市民を死に追いやった姿であったのだ。

     姜根福が語った「南京城内も合せて約20万人が殺されたとみられている」というのは、中国軍の仕業であったことが図らずも証明されるのである。

    全体的に平穏な南京城内

     同盟通信社の前田雄二記者は開城と共に入城するが、「まだ戦闘は終わってはいない。城内の中国軍は統制を失ってはいたが、各要所に立てこもって一歩もひこうとしない部隊であった」と相手のタフネスについてもしっかり記録している。

     そして「浅井、祓川、高崎などのカメラは、この市街戦をとり続けた」(『戦争の流れの中に』)と書いている。このように、城内の戦闘状況を撮りつづけていた同盟通信社のカメラマンだけでも3人がいたのである。

     当時の新聞などは戦闘状況を報道しているだけで、「南京事件」を報じていなかった。先ほど述べたように、むしろ退却する中国軍の悍ましい状況を報道している。

     当時のアサヒグラフなどの写真を見ても、大人も子供もにこやかな顔の写真が多く、日本軍の入城を歓迎したという話はあながち嘘でもなかったことが分かる。

     そうした中で、蒋介石の宣伝戦に協力する外国人(特に米国人宣教師など)や外国メディアが外電で針小棒大に事件を仕立てて報じたわけで、実際に戦争に関わっていた将兵や数百人もいた報道記者たちにとっては、初めて耳にすることで吃驚仰天以外の何物でもなかったというのである。

     戦後の中国共産党は、戦前・戦中の報道や東京裁判での判決などをベースに、日本に対し三戦でゆさぶりをかけているわけで、吟味なしに被災者たちの声を直接伝えることは、共産党の広報員になったも同然ではなかろうか。

     今日においても日常的に、自己正当化や数値の操作などは共産党が得意とするところである。

     南京の事象を日本軍の暴行として報道する外国人教授や米国人宣教師たちはどこにいたか、主として安全区に避難していた。

     危険地帯を歩き回っている記者やカメラマンらの目と、安全区に保護されている欧米人の目と、いずれが信ずるに足るというのだろうか。

     午後は残敵掃討戦になる。

     「敵は陣地を放棄する時は建物に火を放つので、黒煙がもうもうとあがる。砲火と銃声がひびきわたり、市内には凄愴の気がみなぎった。住民の巻きぞえをくうものもあり、中国軍の遺棄死体は多数にのぼった」と前田記者は記す。

     また「多くは兵服を脱いで住民に成りすました」とも述べている。

     前田記者は13日から15日にかけ、何回となく南京城内を車で見て回っている。旧支局が安全区内にあったということで、15日には安全区に入っている。

     「店はまだ閉じていたが、多くの住民が行き交い、娘たちの笑い合う姿があり、子供たちが戯れていた。生活が生き残り、平和が息を吹き返していたのだ。私は戦争で荒れた心が和むのを覚えた」という。

     報道写真からもそうした情景をみることができる。

     14日の状況について、東京朝日新聞12月16日付)はどういう報道をしていたであろうか。

     「中山路の本社臨時支局にいても、もう銃声も砲声も聞こえない。14日午前表道路を走る自動車の警笛、車の音を聞くと、もう全く戦争を忘れて平常な南京に居るような錯覚を起こす。住民は一人も居ないと聞いた南京市内には尚十数万の避難民が残留する。ここにも又南京が息を吹き返して居る。兵隊さんが賑やかに話し合って往き過ぎる」

     しかし、当然のことながらこの前後にも小競り合いの戦闘は継続しており、16日には日本兵が捕虜を銃剣で処刑している場面に遭遇する。

     その後、下関の挹江門に回ると「まるで門をふさぐように中国兵の死体がぎっしり詰まっている」場面に出くわす。

     また他の場所では銃で処刑しているところも見ており、別の記者が日本の兵士に勧められて中国兵を射殺もしている。

     翌17日が入城式で、約100人の報道陣が集まり、その中には西条八十、大宅壮一氏などもいたという。

     翌日、再度城内を車で走ると挹江門の死体はすべて取り除かれていたが、護送中に反乱を起こした「夥しい中国兵の死体の山が(揚子江岸に)連なっている」のを目撃している。

     市民は安全区に保護されており、決して市民の死体などではない。

     戦いの相手であった国民党が発刊した当時の国民党軍の行動記録にも不法殺害や虐殺などの字は見出せない。

     前田記者たちは、同社の記者とは言うまでもないが、他の新聞社の記者らとも情報交換しており、自分一人の目で見たことではなく、南京戦場のあらゆるところから何百人もの記者らが見たり聞いたりした言行をベースに書いている。

     前田記者が城内を実見した状況や当時の朝日新聞が報道した内容、また国際連盟での中国代表であった顧維均等の発言・討議と、宣伝戦を得意とする中国共産党の息のかかった人物から本多氏が30余年後に聞き書きした内容と、どちらの信憑性が高いかは一目瞭然ではなかろうか。

    [もっと知りたい!続けてお読みください →]  欺瞞にみちた創作か、本多勝一氏の「中国の旅」

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    結婚とは、愛する男女が結ばれるもので、その際に執り行われる儀式を「結婚式」と言われます。当然のことながら両者は生存しているというのが前提ではありますが、結婚後どちらかが亡くなるのは、かならず訪れる運命で永遠に結ばれることはありません。そんな中、中国ではとんでもない問題が起きているというのです。

    死体が盗まれる事件発生

    中国では不気味な事件が発生しているようです。18歳の少女の遺体が墓から盗まれているということです。BBCによりますと、2015年には山西省の1つの村で記録的な14人の女性の死体が盗まれているということで、今に始まったことではないということです。

    実は中国北部の村ではそのような少女の遺体を、死体結婚のために使われているのではないかと言われております。

    死体結婚とは、その名の通り死んだ相手と遺体のまま結婚するという非常に奇妙な儀式で「冥婚」ともいわれているようです。

    また遺体には大した服飾品はなく、盗難ではないといいます。

    地方自治体は現在、事件を調査中とのことで。中国当局は、2006年8月に死体の取引を違法とし、違反したものは、最高3年間の懲役が科せられるということです。

    別件では死体安置所の遺体が突然蘇るという恐ろしい事態も起きております

    今回は仮に死体結婚でもなく、盗難でもないとすれば死体の女の子に何をするというのか・・・恐ろしい。

    掲載元
    https://www.mirror.co.uk/news/weird-news/girls-body-18-stolen-grave-13831101

    画像掲載元:いらすとや



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    中国で「女の子の死体」が盗まれる事件多発!死体結婚ではないかと憶測


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     インドネシア・ジャワ島の高速鉄道計画はもともと日本の受注が確実視されていたが、「一帯一路」構想を推進する中国がインドネシアにとって極めて有利な条件を提示し、プロジェクトを受注した。

     世界初の高速鉄道である新幹線を採用せず、中国高速鉄道を採用したインドネシアの判断は果たして正しかったのだろうか。中国メディアの快資訊はこのほど、「インドネシアが日本を捨て、中国を選んだことは正しかったのか」を考察している。

     記事はまず、「新幹線の安全性の高さはこれまでの歴史が証明しているが、中国高速鉄道の安全性は新幹線に比べて大きく劣っている訳ではない」と主張。新興国といえども1人あたりGDPが3800ドルほどのインドネシアにとって安全性よりも重要だったのが「建設コスト」だったと指摘し、建設コスト新幹線より安い中国高速鉄道であれば、営業開始後の乗車料金も安く設定することができると伝え、その意味でインドネシアの選択は賢明だったと主張した。

     さらに、中国高速鉄道は自国で技術の開発を進め、さまざまな技術や部品の国産化を実現していると主張する一方、日本が納入した英国の高速鉄道では空調から水漏れが発生するトラブルがあったと主張。今や日本製の神話は崩壊していると主張し、技術の点から見てもインドネシアの選択は間違っていなかったと主張した。

     中国は一帯一路構想の実現に向け、チャイナマネーをばらまきながら各国でインフラ建設を行ってきたが、近年はモルディブを始め、膨らんだ対中債務に苦しむ国に対する注目が集まり、チャイナマネーに対する警戒が高まっている。中国高速鉄道を選んだインドネシアの判断が正しかったかどうかは、高速鉄道の開通後にすべて分かるだろう。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)

    新幹線ではなく、中国高速鉄道を選んだインドネシアの判断は正しかったのか=中国メディア


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    ■今後5年間の防衛費は過去最高の27兆4700億円

    政府が12月18日、新たな防衛計画の大綱と中期防衛力整備計画を閣議決定した。宇宙やサイバー電磁波の攻撃も想定した「多次元統合防衛力」を掲げた。1976年の初の策定以来、5年ぶり5回目の改定に当たる。今後5年間の防衛費の総額については、27兆4700億円とした。過去最高の金額である。

    間違いなく、北朝鮮は水面下で核・ミサイルの開発を続けている。日本列島は完全に北の核ミサイル攻撃の射程内に入っている。

    中国は南シナ海全域に自国の権利が及ぶと主張し、南沙諸島への海洋進出を強め、次々と人工島を造成、軍事拠点化している。

    ロシアにしても北方領土問題の解決がこじれた場合、どう出てくるか、不安材料は尽きない。

    ■「目には目を」では憎しみの連鎖が生まれるだけ

    日本がそんな北朝鮮や中国、ロシアに対抗するには、防衛力を強めるしか道はないのか。相手国以上の装備調達力を行えば、道は開かれるのだろうか。

    これまで沙鴎一歩は「目には目を、歯には歯を」という姿勢を強く否定してきた。

    たとえば2017年11月7日付のプレジデントオンライン「トランプ大統領に読ませたい東京新聞社説」という見出しの記事で最後にこう主張した。

    北朝鮮への圧力を最大化する方針を今回の来日で安倍首相と確認するつもりなのでしょう」
    「あなたのいう『圧力』には経済制裁だけではなく、武力攻撃も入っていると聞きます」
    「しかし『目には目を、歯には歯を……』では憎しみの連鎖が生まれるだけです。そのことを十分に理解したうえで軍事優先の北朝鮮に対する抑止を行うべきです」

    もちろん、「あなた」とはトランプ大統領のことだ。ちなみに編集部が書いてくれたリード(前文)は次のとおりだ。

    「米大統領トランプ氏が11月5日、来日した。安倍晋三首相は日米の蜜月ぶりをアピールしたいようだが、だまされてはいけない。その政策の根幹は『米国第一主義』にある。ジャーナリストの沙鴎一歩氏は『ロシアゲート疑惑を論じた東京新聞社説がすばらしい。トランプ氏に読ませたい』という。パフォーマンスで成り上がったトランプ氏も、ついにここまでか――」

    ■防衛力増強以外の方法を見つけるべき

    防衛力の増強は一時的には抑止力が働き、相手国との関係を有利に保つことができるかもしれない。だが、長い目で見た場合、軍事力の増大は悲惨な大戦争を繰り返すだけである。

    「目には目を」という圧力は、憎しみの連鎖しかうまない。「非現実的な理想論だ」と批判されようが、沙鴎一歩はこの考え方だけは変えない。

    防衛力を強めるべきか、それとも防衛力増強以外の方法を見つけるべきなのか。

    その方法を見つけ出して世界に訴えることができるのは、世界で唯一の敗戦・被爆国の日本しかないと思う。

    さて新聞の社説が今回、どう主張しているのかを読み解きながら、「答え」を探っていきたい。

    ■「不毛な軍拡競争に道を開きかねない」

    12月19日付の朝日新聞は社説を1本で大きく扱い、「安保法後の防衛大綱」「軍事への傾斜 一線越えた」との見出しを掲げている。

    「一線越えた」とは、実に安倍政権嫌いの朝日社説らしい指摘だ。まず冒頭部分で鋭く指摘する。

    「これまで抑制してきた自衛隊の打撃力を拡大する」
    「こうした防衛政策の転換をさらに推し進めれば、不毛な軍拡競争に道を開きかねない」
    「年明けの通常国会で、徹底的な議論が必要だ」

    「不毛な軍拡競争」と言い切るところも、さすが朝日社説である。沙鴎一歩は「目には目を」と防衛力の強化のみに走る危険性は指摘したが、「不毛」とまでは批判できない。なぜなら抑止力は働くことは働くからだ。

    ■「戦闘機を常時艦載しないので『空母』に当たらない」

    朝日社説はさらに矛先を安倍政権に突きつける。

    「より多くを日本に求める米国の意向を受け、自衛隊の攻撃的な能力は少しずつ整備されてきたが、今回は一線を越えたと言わざるをえない」
    「『空母』の導入だ」

    見出しの「一線を越えた」がここに出てきた。「空母の導入」とは海上自衛隊で最大級の「いずも」型護衛艦2隻を改修し、垂直着陸ができる米国製戦闘機F35Bの購入を指す。

    「政府はかねて、自衛のための必要最小限度を超える攻撃型空母は憲法上保有できないとしてきた。改修後のいずも戦闘機を常時艦載しないので、『空母』に当たらないと説明するが、詭弁というほかない」
    「将来的には、南シナ海やインド洋、中東に派遣され、米軍機の給油や発着に活用される可能性も否定できない」

    沙鴎一歩も「詭弁」だと思う。黙っていると、政治の世界はこの詭弁が通用する。それだけに来年の国会での野党の追及に期待したい。野党の存在意義が掛かっている。

    私たち国民はその詭弁に騙されてはならない。国会の与野党のやり取りの様子をしっかり把握し、自分の頭で考えるべきである。

    ■「慎重な検討」を訴え続ける朝日の理想主義

    朝日社説は「大綱の主眼は、北朝鮮ではない。軍拡を進める中国の脅威への対処にある」と指摘し、「たしかに、ミサイル対処をはじめ、軍事技術の急速な進展への対応は必要だろう」と書き、さらにこう続ける。

    「宇宙やサイバー電磁波といった分野は、現代の安全保障にとって、死活的といえるほど重要性を増している。その現実は受け止めねばならない」
    「大綱には宇宙領域専門部隊の創設や宇宙状況監視(SSAシステムの整備、サイバー防衛隊の拡充が盛り込まれた」

    理想主義が色濃い朝日社説も、防衛力の増強を是認し、現実主義に転向するのだろうか。そう考えながら読み進むと、違った。

    「ただ、日本の防衛政策の原則を踏まえ、自衛隊がどこまで対応すべきか。法的にも能力的にも難しい問題をはらむ」
    宇宙空間での監視能力の強化は、目標を特定し攻撃する能力に重なる。サイバー空間での攻撃と防御の関係をどう考えるのかについても、慎重な検討が必要だろう」

    自衛隊の法的拘束の問題と実際の能力の問題を持ち出すとともに「慎重な検討」の必要性を主張する。やはり朝日社説は変わらない。

    ■「緊張や危険は、兵器の増強では決して解決できない」

    そんな朝日社説は最後に国連のグテーレス事務総長が5月に軍縮アジェンダを発表した際の言葉を持ち出す。

    「高まった緊張や危険は、真剣な政治的対話や交渉によってのみ解決できる。兵器の増強では決して解決できない」
    「軍事に過度に頼ることなく、外交努力を通じて緊張を緩和し、地域の安定を保つ――。いま必要なのは、総合的な安全保障戦略にほかならない」

    単なる防衛力増強ではなく、「外交」という政治的な対話によって一線を越えずに保持していこうというのだ。沙鴎一歩の考えに近いことは近いが、「外交」そのものがくせ者であることを忘れてはならない。

    ■分かりやすいが無批判すぎる産経社説

    朝日社説とはそのスタンスの取り方で遠い対岸にある産経新聞の社説(主張)=12月19日付=は、「新防衛大綱」「いずも空母化を評価する」「抑止力向上へ必要な予算を」との見出しを付け、書き出しも次のように前向きに評価する。

    「日本は、中国や北朝鮮がもたらす厳しい安全保障環境に直面している。政府が、新しい視点に立ち国家と国民を守る防衛体制を築こうとしている点を評価したい」

    分かりやすくて産経社説らしいと言えば、それまでだが、新聞の社説が国家の要の政策に無批判になるのは、もはやジャーナリズムではない。沙鴎一歩は読者のひとりとして産経社説に深い愛着があるだけにそこが心配である。

    ■国家としての余裕や寛容さが必要なはず

    産経社説は「いずも」についても高く評価する。

    いずも型の空母改修が専守防衛に触れるとの反対論は誤りだ。国民を守る上で有益か、費用を負担できるかという有用性の論理に立って判断すべきで、その観点から改修は妥当である」
    「反対論は、政府が保有できないとしてきた『攻撃型空母』の概念を理由に持ち出すが、いずも型の改修には当てはまらない。何十年も昔の冷戦期に生まれた議論であり、百害あって一利なしだ」

    「国民を守る上で有益か、費用を負担できるかという有用性の論理」が重要なのは分かる。ただ朝日社説の主張するような「対話」や「政治力」を見失ってはいないだろうか。世界各国がトランプ大統領のように「自国第一主義」を掲げ、他国との協調を失ってはまた悲惨な戦争を繰り返すだけである。

    外交の基本は自国の利益をどう獲得するかだが、その利益獲得に行き着くまでには、国家としての余裕や寛容さが必要だ。防衛力増強を評価する産経社説はその辺の思慮がない。「百害あって一利なし」という反対論への非難がそれを象徴している。

    ■産経は安倍政権以上に「防衛力増強」を望む

    産経社説はその後半で「大綱には問題もある」とも書く。「おや?」と思ってこの先を読むと、安倍政権以上に「いずも」に固執している。

    公明党の要求で、改修したいずも型にF35Bの常時配備はせず、空母とも呼ばないことになった。当面は運用の習熟をはかる期間で常時配備は不要だろうが、なぜ与党が自衛隊の運用上の柔軟性を損なうのか。空母の機能をもつ艦船を護衛艦と呼び続けるのもおかしい」

    さらに産経社説は持論を展開する。

    「大綱は、北朝鮮を『重大かつ差し迫った脅威』としたが、より根本的な脅威である中国は『安全保障上の強い懸念』としただけだ。防衛力充実の必要性を示すため、臆せず真実を記してほしい」
    「『専守防衛』にとらわれ、『敵基地攻撃能力』の保持に踏み切らなかったのは極めて残念だ。前大綱と同様、引き続き検討することが盛り込まれたが不十分である。空自の長射程ミサイルなど敵基地攻撃能力に転用できる装備は導入するが、正式方針にしなければうまく対応できまい

    読めば読むほど、安倍政権以上に「防衛力増強」を主張している。

    各新聞社は、論説委員たちが翌日に掲載する社説の内容について毎日長時間をかけて話し合う。産経新聞社の会議では安倍政権を越える「防衛力増強」の主張に待ったをかける声は出なかったのだろうか。

    海上自衛隊最大のヘリコプター搭載護衛艦「いずも」。(写真提供=海上自衛隊)


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